桜ふたたび 前編

そのとき、魔法が解けたように、目の前の景色が一変した。
セピア色に沈んでいた部屋が、彼との時間を思い出すたびに、さまざまな色彩に塗り替えられていく。

喜びで笑ったときも、寂しさに泣いたときも、そこにはいつもジェイの存在があった。
泣くことのできなかった澪の心を、彼が解き放ってくれたのだ。

出会ったことを悔やんではいけない。
あのかけがえのない日々を、無理に消し去ろうとしてはいけない。
今も彼を愛している自分を、否定してはいけない。

誰の心にもパンドラの箱はあって、その蓋を開けることは逃れられない通過儀礼。
そうして恐怖と悔悟のあとに〝希望〞が残されたように、自分の醜さに絶望したときから、新たな自分が芽吹き始めるのかもしれない。

闇と向き合って初めて、人は光を知るのだとすれば、彼を失った苦しみも悲嘆も、いつか心の糧となるだろう。

──ジェイを愛してる。たとえ、二度と会えなくても。

澪は窓辺に立ち、夜空を仰いだ。
きらきらと記憶が、無数の星々のように降り注ぎ、見失った道標を照らしていた。

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