桜ふたたび 前編
「私は、澪を独占することばかりを考えていた。澪を小鳥のように鳥かごに閉じこめて、私にだけきれいな囀りを聴かせてくれたらいいと思っていたんだ。澪はいつだって、私が自由に飛べることを考えてくれていたのに。赦して欲しい」

無茶なことを言っているのはわかっている。ジェイ自身、また彼女を傷つけないかと、怖い。だから、シープメドウで思わず彼女を浚ってしまいそうになった自分を、何とか律したのだ。

けれど、やはり、どうしても、身勝手と責められようと、彼女を求めずにはいられない。

長い沈黙に、ジェイが諦めかけたとき、澪は静かに口を開いた。

「赦してもらわないといけないのは、わたしの方です。あのとき……、わたし、あなたを好きになり過ぎて、心がバラバラになってしまったんです。あなたを好きになればなるほど、自分に自信がなくなって、醜い思いに押し潰されそうだった。感情的になってあなたを疲れさせることがこわかった。疲れさせる自分を知ることもこわかった。不安になって、逃げ出したんです」

「澪がどんな感情をぶつけてきても、私は受け止められる。私がおそれているのは、澪を失うことだけだ。澪のいない毎日が私を疲弊させる。私には澪が必要なんだ」

澪は驚いた目をした。胸に手を置き視線を流し、言葉の意味を噛み締めるように、「ひつよう」と唇を動かした。その表情は凪いでいる。

澪は静かに目を閉じて、再び沈黙した。

東京へ連れ去った夜、震える澪に選択を迫った。今、震えているのはジェイの方だった。

澪は目を上げると、ゆっくりと、しかしはっきりと顎先を振った。

やはりダメかと肩を落とすジェイに、彼女は「もし……」と言った。

「もし?」

ジェイは祈るような気持ちで繰り返した。

「もし、許してくれるのなら、時間をください。わたしが自分の感情から逃げ出さなくなるまで。そしてあなたが、元の自分を取り戻すまで」

それは希望があるということだろうか?
何でもいい。絶望の淵にも一条の光があるならば、何とか今を堪えられる。

「わかった。待っている」

澪は小さく強く頷いた。

「愛しています。離れていても、心はジェイのところへ置いてゆきます。だからいつか必ず、わたしを迎えに来てください」

微笑んだ澪の頬に、朝露のような涙が伝って落ちた。
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