桜ふたたび 前編
澪は耳を疑った。風邪ひとつ引いたことがないと笑っていた彼に、いったい何が起こったのだろう。
ルナは背中の重い荷物を置き去りにするように、腰を上げた。
「どこか、悪いんですか?」
「暴漢に撃たれたの」
驚いて立ち上がった澪の顔が、見る間に青ざめた。
「撃たれたって……、命に別状は? 意識は?」
すがるように問う澪に、ルナは暮れゆく空へ遠い目を向けて、短く嘆息した。
「状態は──いいと言えない。ジェイは今、とても厳しい立場にいるわ。このアクシデントで、AXの株価が大暴落して、損害を被った投資家たちが、彼の解任を求めてきたの」
解任要請。
それが出るということは、命に危険はないという意味だろうか。
それにしても、ジェイの動静が株価に影響するなどと、澪は考えたこともなかった。
〈彼の一瞬の油断が取り返しのつかない莫大な損失に繋がる〉。
リンが忠告したのは、こういうことだったのだ。
でも、彼は命を狙われた〝被害者〞なのに。
それに、彼の父はグループ最高権力者のはずだ。
ショルダーバッグを肩に担ぎ歩き出す背中に、澪はあわてて、
「でも、お父様が──」
「アルフレックスには敵が多いの。今回は、父も母もboard of directors(取締役会)に同意するでしょう。反対すれば、今度は彼らが訴訟されるから。
ジェイは今、独りよ。もう、闘うことも止めてしまった」
「そんな……」
澪は思い詰めたようにうなだれた。