桜ふたたび 前編
家族からも見放され、孤立した彼を思うとき、あの夏の夜が甦った。
愛を求める彼の孤独が、淋しくて、哀しくて、切ないほど愛おしくなって、思わず抱きしめた。
愛されたいのに、愛を知らないひと。
ほんとうは、少年みたいに寂しがりなひと。
そんな彼を、澪は突き放してしまった。
〈誰も愛したことはなかったし、誰も愛してはくれなかった〉
そう告白したときの彼は、どんな表情をしていただろう。
あのとき澪は、聞く耳も持たず、彼の顔も見ていなかった。
澪はハッと目を上げると、ルナを追いかけた。
「待ってください。ジェイは……いま……」
ルナは待っていましたとばかりに足を止める。
鞄から一枚の封筒を取り出して、澪の手にそっと握らせた。
「これは、Birthday present」
にっこりと微笑み、澪の頬にキスをする。
「God luck!」
暖かい春風が吹き抜けて、どこからか迷い込んだ桜の花びらが、澪のまわりを愉しげに踊った。
澪は思わず叫んだ。
「Thank you!」
澪の胸の奥に、小さな希望の灯がともった。
答えの代わりに片手を挙げた後ろ姿が、エスカレータをゆっくり上ってゆく。
澪の手には、ニューヨーク行きのチケットが握られていた。