桜ふたたび　前編

3、鳥たちの行方

枕崎は、本州より一足早く、初夏の香りに包まれていた。海は薄青いガラス粒のように光を弾いて、小さな白浜を波から守るように取り囲む大小の黒岩に、純白の波が舐めるようにぶつかっている。磯辺では散歩中の犬がカニを見つけて戯れていた。

澪はスケッチブックを膝に抱え、大きく深呼吸をした。潮の香りが胸一杯に広がった。

屍のようだった体も健康を取り戻し、以前よりぽっちゃりとした。
何よりも精神が健全だった。ときおりジェイの夢を見るけれど、もう胸を切り裂く痛みはない。

──ジェイは今どこだろう？

水平線は白く煙り、でき始めの綿菓子のような細い雲が、歩く速さで高い青空を流れてゆく。
気流に乗った大鳥が、翼も動かさずに悠然とループを描き、ぐんぐんと上昇していった。

あの鳥のように、ジェイは再び高みへと昇り続けるのだろう。地上を振り返ることもなく。

不安がないと言えば強がりになる。
形振り構わず彼の胸に飛び込んでしまわなかったことを、悔やんだりもする。

ニューヨークを逐われた彼が、元の信頼を取り戻すまで、一年になるのか、三年になるのか。先の見えぬまま会えない日々の寂しさに、どちらかの気持ちが折れてしまわないだろうか……。

けれど、今のふたりでは、何度やり直しても同じことを繰り返す。

あのとき澪にできることは、孤独に羽を閉じてしまった彼に、もう一度空を見上げさせることだけだった。

ふと、視線の端に人影を見て、澪は顔を向けた。
天然パーマの子どもがこぼれ落ちそうな大きな瞳でじっとスケッチブックを覗き込んでいた。
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