桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
『解任、ロンドン勤務か──』
セントラルパークの東に建つホテルの一室で、ジェイは自嘲を浮かべ、窓のカーテンを払うように開けた。
遠く、スモッグに霞んだ暮れかかる空に、航空障害灯が赤く点滅している。
超高層ビル群が斜陽を受けて、孤城落日を思わせるオレンジの陰影を作り出していた。
はじまりは、一発の銃声だった。
GEビルのエレベータホールで、2mの至近距離から放たれたPM-433の銃弾は、ジェイの左上腕を掠めた。
いち早く危険を察知したニコが、ハヤブサの如く犯人にタックルしていなければ、心臓を貫いていたやもしれない。
悲鳴と擾乱のなか、もみ合いの末に暴発した弾丸が、ニコの脛骨を貫通したが、幸い命に別状はなかった。
男はその場で警備員に取り押さえられ、警察に連行された。
パスポートから、フランス国籍のヤシン・アベイドと判明。
しかし、取り調べには完全黙秘。凶行に至るまでのジェイとの明確な関係性は、結局、見つからなかった。
その後、事件についてSNS上に奇妙な巷談が立った。
〈犯人は、ジェイによって潰された企業の社長の息子だ〉と。
まったくの虚構だったが、事件現場が大手テレビネットワークの本拠地だったことが、噂を加速させた。
噂には次々と尾鰭がつけられ、ついには、
〈男はジェイに唆されて買収に加担したが、ジェイの裏切りによって父を自殺に追いやられ、婚約者も精神を病んだ。口止めに命を狙われた彼は、身を隠し、復讐の機を狙っていた〉
と、安物の復讐劇のように仕立てられていった。
こうなると、大衆は憶測を垂れ流す探偵と化し、クリスの事故さえも、〝ジェイ黒幕説〞を検証する輩が現れる始末だ。
ジェイに恨みを持つ者は少なくない。
殺意を抱くほど憎まれて然るべき相手は、いくらでもいる。
馬鹿げた妄想も、彼らにとってはささやかな憂さ晴らしにはなっただろう。
『解任、ロンドン勤務か──』
セントラルパークの東に建つホテルの一室で、ジェイは自嘲を浮かべ、窓のカーテンを払うように開けた。
遠く、スモッグに霞んだ暮れかかる空に、航空障害灯が赤く点滅している。
超高層ビル群が斜陽を受けて、孤城落日を思わせるオレンジの陰影を作り出していた。
はじまりは、一発の銃声だった。
GEビルのエレベータホールで、2mの至近距離から放たれたPM-433の銃弾は、ジェイの左上腕を掠めた。
いち早く危険を察知したニコが、ハヤブサの如く犯人にタックルしていなければ、心臓を貫いていたやもしれない。
悲鳴と擾乱のなか、もみ合いの末に暴発した弾丸が、ニコの脛骨を貫通したが、幸い命に別状はなかった。
男はその場で警備員に取り押さえられ、警察に連行された。
パスポートから、フランス国籍のヤシン・アベイドと判明。
しかし、取り調べには完全黙秘。凶行に至るまでのジェイとの明確な関係性は、結局、見つからなかった。
その後、事件についてSNS上に奇妙な巷談が立った。
〈犯人は、ジェイによって潰された企業の社長の息子だ〉と。
まったくの虚構だったが、事件現場が大手テレビネットワークの本拠地だったことが、噂を加速させた。
噂には次々と尾鰭がつけられ、ついには、
〈男はジェイに唆されて買収に加担したが、ジェイの裏切りによって父を自殺に追いやられ、婚約者も精神を病んだ。口止めに命を狙われた彼は、身を隠し、復讐の機を狙っていた〉
と、安物の復讐劇のように仕立てられていった。
こうなると、大衆は憶測を垂れ流す探偵と化し、クリスの事故さえも、〝ジェイ黒幕説〞を検証する輩が現れる始末だ。
ジェイに恨みを持つ者は少なくない。
殺意を抱くほど憎まれて然るべき相手は、いくらでもいる。
馬鹿げた妄想も、彼らにとってはささやかな憂さ晴らしにはなっただろう。