桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
澪は、すっかり人影が消えたシープメドウの芝生にしょんぼり腰を降ろし、濃い影となった森の向こうに赤黒く伸びる高層ビルたちを、見るとはなしに眺めていた。
かつて羊の放牧場だった広大な地で、澪はまさしく迷子の子羊だった。
ホテルにジェイはいなかった。
いつまでも静養していられるほど、気楽な立場ではないから、すでに仕事に復帰して、どこかへ発ってしまったのかもしれない。
万策尽きた思いに、澪は魂が抜け出しそうな溜め息を吐いた。
──そういう運命なのかな、わたしたち……。
ジェイが一番嫌う言葉だったな、と澪は力なく笑った。
カソリックだと言うくせに、運命も奇蹟も、彼は信じない。〈仕方がない〉という日本語を、理解できないと嫌う。
とにかく、退院して、忙しくしているのなら、もう心配はいらない。
近くに安いホテルを探して、明日の朝もう一度訪ねて会えなかったら……諦めよう。
そう思っていても、なかなか腰を上げることができない。
澪は膝小僧を抱えて顔を伏せた。
少し寒い。枕崎はとっくに春の陽気だったので、防寒の用意をしてこなかった。
ここは北緯40度。青森と同じくらいの緯度。
芝生に落ちた影法師も、ずいぶんと弱々しい。
長くなった影法師を淋しげに辿って、澪はふと目を上げた。
夕闇迫る鼈甲色の丘に、ひとり佇む男がいる。
パンツのポケットに左手を突っ込み、目の前に横たわる暗い森蔭を見つめている。
どこか壊れてしまったような、頼りなげな背中。
疲れた横顔が、今にもフッと闇の中に溶けていってしまいそうだった。
澪は迷わず駆けだした。
懼れも不安も、一瞬にして霧散していた。
澪は、すっかり人影が消えたシープメドウの芝生にしょんぼり腰を降ろし、濃い影となった森の向こうに赤黒く伸びる高層ビルたちを、見るとはなしに眺めていた。
かつて羊の放牧場だった広大な地で、澪はまさしく迷子の子羊だった。
ホテルにジェイはいなかった。
いつまでも静養していられるほど、気楽な立場ではないから、すでに仕事に復帰して、どこかへ発ってしまったのかもしれない。
万策尽きた思いに、澪は魂が抜け出しそうな溜め息を吐いた。
──そういう運命なのかな、わたしたち……。
ジェイが一番嫌う言葉だったな、と澪は力なく笑った。
カソリックだと言うくせに、運命も奇蹟も、彼は信じない。〈仕方がない〉という日本語を、理解できないと嫌う。
とにかく、退院して、忙しくしているのなら、もう心配はいらない。
近くに安いホテルを探して、明日の朝もう一度訪ねて会えなかったら……諦めよう。
そう思っていても、なかなか腰を上げることができない。
澪は膝小僧を抱えて顔を伏せた。
少し寒い。枕崎はとっくに春の陽気だったので、防寒の用意をしてこなかった。
ここは北緯40度。青森と同じくらいの緯度。
芝生に落ちた影法師も、ずいぶんと弱々しい。
長くなった影法師を淋しげに辿って、澪はふと目を上げた。
夕闇迫る鼈甲色の丘に、ひとり佇む男がいる。
パンツのポケットに左手を突っ込み、目の前に横たわる暗い森蔭を見つめている。
どこか壊れてしまったような、頼りなげな背中。
疲れた横顔が、今にもフッと闇の中に溶けていってしまいそうだった。
澪は迷わず駆けだした。
懼れも不安も、一瞬にして霧散していた。