桜ふたたび 前編
「ジェイ!」
億劫そうに振り返った顔が、驚き色に変わった。
勢いのまま胸に飛び込んだ澪を、呼吸すら忘れて幻でも見るように見つめていたが、数秒後、「はっ」と声を発して息を吐いたと思ったら、面食らったように言った。
「澪? どうして……ここに……?」
澪は彼の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振った。
それから、くぐもった声で、ただ一言。
「逢いたかった……」
ようやく現実と確信したのか、とたんにジェイがあまりに強く抱きしめたものだから、澪は彼の胸の中で窒息しそうになった。
「ジェイ、く、苦しい……」
「あっ……ああ、ごめん……」
澪は涙を溜めた笑顔を上げた。
目の前に、愛おしげに見つめる懐かしいアースアイがあった。
残照のなかで見つめ合うふたりに、言葉はなかった。
ただ巣に戻る鳥たちが、森の上で騒いでいた。
ふいに、ジェイは視線を逸らした。
「体は?」
「え?」
「病院に通っていないと聞いた」
「あ、枕崎に戻ったので、そちらの病院を紹介していただいたんです。今は全然大丈夫です」
「……そうか」
短く頷き、さっと向けられた背中に、澪はショックを隠せなかった。
60㎝のこの距離が、今のふたりの関係なのだ。
その手を拒み、ひどい言葉を投げつけて、彼を傷つけた報い。
それなのに、いつものキスを待って目を閉じた自分が、恥ずかしい。