桜ふたたび 前編

「ジェイ!」

億劫そうに振り返った顔が、驚き色に変わった。

勢いのまま胸に飛び込んだ澪を、呼吸すら忘れて幻でも見るように見つめていたが、数秒後、「はっ」と声を発して息を吐いたと思ったら、面食らったように言った。

「澪? どうして……ここに……?」

澪は彼の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振った。
それから、くぐもった声で、ただ一言。

「逢いたかった……」

ようやく現実と確信したのか、とたんにジェイがあまりに強く抱きしめたものだから、澪は彼の胸の中で窒息しそうになった。

「ジェイ、く、苦しい……」

「あっ……ああ、ごめん……」

澪は涙を溜めた笑顔を上げた。
目の前に、愛おしげに見つめる懐かしいアースアイがあった。

残照のなかで見つめ合うふたりに、言葉はなかった。
ただ巣に戻る鳥たちが、森の上で騒いでいた。

ふいに、ジェイは視線を逸らした。

「体は?」

「え?」

「病院に通っていないと聞いた」

「あ、枕崎に戻ったので、そちらの病院を紹介していただいたんです。今は全然大丈夫です」

「……そうか」

短く頷き、さっと向けられた背中に、澪はショックを隠せなかった。

60㎝のこの距離が、今のふたりの関係なのだ。
その手を拒み、ひどい言葉を投げつけて、彼を傷つけた報い。
それなのに、いつものキスを待って目を閉じた自分が、恥ずかしい。
< 292 / 313 >

この作品をシェア

pagetop