桜ふたたび 前編

ふたりはもう、別々の船に乗ってしまった。このままでは、それぞれの潮流に従って離れて行くだけ。

もう遅いのかもしれない。
振り払われることを思うと、こわい……。
今までの澪なら〈仕方がない〉と諦めていた。
けれど──

拒絶されようと、軽蔑されようと、自分から彼の手を掴まえてみよう。
勇気をもって、この手を伸ばす。
そのために、ニューヨークへ来たのだから。

「旅行?」

その声の平たさに、挫けそうになる。

「……ルナが、誕生日プレゼントに、飛行機のチケットをくださったので」

意外そうに振り向いた顔に、澪は驚き胸が詰まった。

少し痩せた。
頬桁がはっきりとして、眼窩が窪んで見える。瞳は光を失って淀んだ灰色をしている。
もう何もかも諦めてしまったような、空虚な色──。

「そう……ルナが……。私も、何かプレゼントを──」

「もう、いただきました」

澪は精一杯の笑みを向けた。

「ジェイに逢えて、体が浮いちゃうくらい、幸せ」

ジェイの瞳が揺れた。

「澪──」

「クション!」

間が悪い。
ジェイは言いかけたことを置き去りにして、自分のジャケットを澪に羽織らせ、怪訝な顔をした。

「荷物は? ホテル?」

澪の手には小さなボストンバッグが一つ。確かに旅行にしては身軽すぎる。

「これだけ」

「それだけ?」

「明日のお昼の便で帰らないといけないので」

「明日……?」

沈鬱な呟きが、芝生に落ちた。

澪は、胸に目一杯酸素を送り込んだ。勇気を貯めるようなほんの短い間。
そして、思い切って言った。

「それで、あの……もう一つ、誕生日のプレゼントを、お願いしてもいいですか?」

ジェイは驚いた顔をして、

「もちろん」

澪は躊躇うように目を伏せた。
拳を小さく握り、呼吸を整える。
そして、震えながらゆっくりと顔を持ち上げ、ジェイを見つめた。

「……もし、ご迷惑でなければ……、今夜、ジェイの時間を……わたしにください」
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