桜ふたたび 前編

「……私は、澪を独占することばかりを考えていた。澪が可愛くて、愛しくて、誰にも触れさせたくなくて……。だから、小鳥のように鳥かごに閉じこめて、私にだけきれいな囀りを聴かせてくれたらいいと思っていた。
澪はいつだって、私が自由に飛べることを考えてくれていたのに。……赦して欲しい」

無茶なことはわかっている。
傷つき去った女に、復縁を請うなど見苦しい。
だから、シープメドウで思わず彼女を浚ってしまいそうになった自分を、必死に律したのだ。

けれど、やはり、どうしても──
身勝手と責められようが、彼女を求めずにはいられない。

長い沈黙に、ジェイが諦めかけたとき、澪は静かに唇を開いた。

「赦してもらわないといけないのは、わたしのほうです」

じっと、考えるような沈黙があって、澪は伏せていた目をあげた。

「あのとき……、わたし、ジェイを好きになり過ぎて、心がバラバラになってしまったんです。
あなたを好きになればなるほど、何も持たない、何もできない自分が、惨めで嫌になって……醜い思いに押し潰されそうだった。いつかその感情が爆発して、あなたに嫌われてしまうんじゃないかって、こわくてたまらなかった。
だから……」

澪は小さくうなだれた。

「不安になって、逃げ出したんです。……ごめんなさい」

「澪……」

ジェイはゆっくりと首を振った。

「私は嬉しかった」

澪は不思議そうに顔を上げた。

「微笑むだけだった澪が、泣いたり、怒ったり、素直な表情を私に向けてくれることが。だから、どんな感情をぶつけてきても、私が澪を厭うことは決してない」

そして、訴えるような眼差しで、

「打算も偽りもない心で私を見つめてくれるのは、澪だけだ。私の渇いた心を潤してくれるのは、澪だけだ。
澪のいない毎日が、私を疲弊させる。私には──澪が必要なんだ」

澪は驚いた目をした。
胸に手を置き視線を流し、言葉の意味を噛み締めるように、「ひつよう」と唇を動かした。

澪は静かに目を閉じて、再び沈黙した。
東京へ連れ去った夜、震える澪に選択を迫った。今、震えているのはジェイの方だった。

やがて、澪は目を開き、ゆっくりと、しかし、はっきりと、顎先を振った。
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