桜ふたたび 前編
「ちょ、ちょっと変わった不思議な人。ものすごくクールで、マイペースで、強引で……。何を考えているのかわからないし、それに、ずいぶん自信家みたい」
「は〜あ? それって典型的な〝俺様〞やない」
「あ、でも、悪い人じゃないの。きっと、わたしたちとは住む世界が違いすぎて、近寄りがたいからだと思う。
それに……とてもきれいな瞳をしていてね、きっと寂しい人なのかなって」
菜都は、目玉が飛び出しそうな顔をして、それから安堵したように相好を崩した。
「澪さん、それは恋の初期症状やわ」
澪はあきれた。
飛躍し過ぎだ。一目惚れしたのは千世で、自分は刺身のつまのようなものだったのに。
「澪さんが他人のことを話すのなんて、初めてやないの。柚木さんのときかて──」
とたんに澪の表情が凍り、瞳が翳った。
思い出したくなくて、でも、決して忘れてはいけない名前。
菜都も、澪の前では二度と口にしなかったのに。
「もう五年も経つんよ? ほんまに、いい加減、新しい恋をはじめような」
澪は心許なく首を振った。
菜都も千世同様、〈恋こそが女の歓び〉だと思っているのだろうか。恋人のいない女は、それだけで寂しく惨めに映るのだろうか。
古今東西、男も女も、老いも若きも、リッチもプアも、極悪人もお坊さんだって、みな恋を求めて生きている。
だから、噂話も、流行りの歌も、小説もドラマも、世の中の話題の中心は恋愛なのだ──と、千世は言う。
彼女の言うように〝夢のように甘く、切なく、幸せな気持ち〞が恋心なら、澪には初恋の記憶すらない。
きっと心の大事な部分が、欠けてしまっているのかもしれない。
と、そのとき、足許のバスケットから、ブーブーと震える音がした。