桜ふたたび 前編
──何を見てるんだろう?
視線の先をたどって、背後に首を回しかけたとき、
「澪!」
弾かれたように、澪は顔を向けた。
千世が、こっちこっちと高く手招いている。
一際華やかな枝垂れ桜の枝下で、絶好の撮影ポイントを陣取って甜としているから、迷惑顔の集中砲火を浴びていた。
「ごめん」と小走りに駆け寄って、澪は首をかしげた。
千世の視線は、澪の肩越しに止まっている。瞳孔が開き、唇が薄く開いている。
振り返ってみても、特に目を引くものは見当らない。
千世は、熱視線を憚ることなく、
「めっちゃイケメンのガイジンさんがいてはる!」
早くどけとばかりに次々とたかれるフラッシュに、申し訳なく頭を下げながら、澪は興奮気味の腕を引っぱった。
弾みで歩き出した千世は、それでも首を後ろに向けたまま、今にも足を止めそう。
「そないに引っぱらんといてぇなぁ。あの人、ずうっとうちのこと見てはったし、声かけようとしてはるんやないやろか?」
やれやれと、呆れた苦笑で受け流され、
「ほんまやて!」
勢いよく手を振り払うと、くるりと回れ右。
「ほら、こっちに向かって来はる。ああ、邪魔や邪魔! 見えへんやないの!」
罪のない通行人たちにシッシと追い払うような仕草をして、
「どないしよ、これって運命の出会いやんな?」
期待に頬を上気させ、そわそわと襟合わせを整えはじめる始末。
これまでに何度、〝運命の出会い〞を迎えたことか……。
澪は、思いこみの激しい千世を説くことは早々に諦めて、白川のせせらぎに目を移した。
畔から腕を伸ばした桜が、しんしんと花びらを降り注ぎ、終わりのない花筏を流してゆく。