桜ふたたび 前編
フロアにはセレナーデが続いている。
仄白い灯りに揺れる澪の表情は、追いつめられた兎のよう。微かに震える指先に、ソーダの泡が狂ったように立ち上っていた。
「答えないのが、君の返答? つまり、答える必要もないほど私に関心がない、ということか?」
澪は縋るような目を上げた。
「違います」
「それでは答えを」
ジェイは間髪入れずに言う。その瞳にグレーの光が濃くなっていた。
「なぜ、逢いに来たんだ?」
「それは……」
「友情なんて陳腐な言葉は、やめてくれよ」
機先を制され、澪は開きかけた口のまま息を止めた。
「YesかNoか。簡単なことだろう?」
怒りも不快感もない冷ややかな声が、かえって彼の苛立ちを感じさせた。
イエスかノーか──。
考えなければ、答えなければと、切羽詰まれば詰まるほど、澪の思いは別の方へ向かっていく。
心の奥底に沈めた呵責が這い出して、ずるずると記憶が頭をもたげた。白い靄がかかっているのは、耐え難い痛みに脳が歯止めをかけているからだ。
──思い出してはいけない。
そう思ったとたん、靄が弾け散り、
〈人殺し!〉
甲高い声に、澪はきつく瞼を瞑った。
『Pass the dead line.』
浮遊していた魂が体に戻ったかのように、澪は顔を上げた。
思いが過去に引き摺られて、目の前にいる存在さえ忘れていた。
ジェイは一度目を閉じると、冷たく瞳をひらめかせ、グラスに残った琥珀の液体を一気に──飲み干すやいなや、いきなり席を立った。