桜ふたたび 前編
──どうしよう。
澪は思い詰めた目でドアを見つめた。
──今、このドアが開いたら?
彼は「合意のないセックスはしない」と言った。ただ、〝ノー〞と言えばいい。
でも──その一言を言うのが、こわい。
人並み以上にプライドが高そうな人だ。怒って嫌われてしまったらどうしよう。
京都で彼に背を向けられたとき、どれほど後悔したことか。
だから、ノーと言えなかった。
でも、ノーと答えなければ、彼にはイエスになる。
──初めてでもあるまいし、もったいぶる身体でもない。そんなに深刻に考えず、もっと割り切って……。
澪は、髪についた虫を払うように、ブンブンと頭を振った。
──嫌われるのがこわいからセックスに応じようなんて、相手にも失礼だ。
いや、失礼なのか?
彼が帰国すれば、二度と会うこともない。つまり、〝One night stand〞。
彼にとっても、その程度のこと。それで何かが始まるわけでもない……。
──そう、何も変わらない。元々、住む世界が違うのだから、変わりようがない。
そう思っているのに──
葉先にようよう留まっていた雫が、わずかな風に押されて落ちてしまいそうで、こわい。
──土下座して謝ります。だから、バーから先のことはなかったことにしてください。どうか、日本での〝いい時間つぶしの相手〞に戻してください。
そんな都合のいいお願いが、彼に通用するとは思えない。
「ああ……」
澪はテーブルに突っ伏した。
──そもそもアメリカ人に土下座が通じるの?