桜ふたたび 前編


衝撃の告白を残したまま、千世は先を急ぐ。
澪は当惑の眼差しで、チラチラと彼女の横顔をうかがっていた。

何か言わねばと思うのだけど、糸口がつかめない。

通夜帰りのように黙りこくったまま歩くふたりの頭上に、やがてみごとな桜のトンネルが現れた。
白川筋とは打って変わって、パリを思わせるビルの谷間に、満開のソメイヨシノの並木道が続いている。

「すごいなぁ……」

たわわに花咲いた枝の合間から、すみれ色の空が覗いていた。

花房の輪郭を濃くして、いっそう白く清浄に咲く桜。
誰もがみな自然と足を止め、一葉の絵はがきのような天蓋を、うっとりと仰ぎ見ている。

「この間、義姉さんがお弁当を作ってくれはってなぁ」

見上げたまま千世は言う。話題が飛ぶのはいつものことだ。

「あのひと、自分が壊滅的な料理下手って、気づいてないんちゃうやろか?」

と、ちょと首を捻ると、気にするほどでもない帯揚げの乱れに眉間をしかめた。
帯の間に親指をぎゆぅっと押し入れる。それから唇をへの字に曲げて、歩き出す。

「だいたい、お兄ちゃんが悪いんよ。えづきそうになってるくせに、無理して食べてあげはるさかい。〈なかなかパンチの効いた味や〉とか、〈台所(だいどこ)くらいはおかあはんに任せといたらええんやで〉とか言うたかて、滋賀の人には通じんのよ。
そやから、はっきり言うたったん。〈うちらの口には合わへん〉って。そしたらな、おかあはんにえらい叱られてしもうたわ」

千世の母は、見た目通りおっとりと穏やかで、お小言さえ聞いたことがないらしい。
けれど怒ると、あのほわほわした口調のまま目だけが笑っていないから、かえって恐ろしいのだと千世は言っていた。

「そやけど義姉さんたらめげんのよ。〈今日は千世ちゃんのお口に合うよう気張って作ったー〉なんて笑顔で言われたら、持ってかへんわけにいかんやろ? 案の定、開けたとたん、彩りは個性的やしえらい臭いやし、吃驚して咽せたわ!
しゃーないし屋上で食べよう思うて行ったらな──」

──食べるんだ。

言いたいことは言うけれど、相手の思いやりや気遣いも素直に受け止められる。
そんな千世の屈託のなさが、澪には好ましいし羨ましい。
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