桜ふたたび 前編

風に舞った砂が、頬を打った。

答えはとうに出ていた。ほんとうは、出会ったときから感じていた。

声を聴くと、周りの音が耳に入らなくなる。会えると思うと、心にぽっと灯りがともる。見つめられるとドキドキして、それなのに目が離せない。男性に触れられるのがこわかったのに、彼に手を握られて嬉しかった。

これが〝夢のように甘く切なく幸せな気持ち〞なのだと。

だから澪はおそれていた。

澪は何かに執着することがこわい。
独りよがりな想いに夢中になると、他人の心の痛みに疎くなる。

〈僕を愛していたのだろうか?〉

涙を忘れた澪に、別れの日、恋人が呟いた。
切り裂くような痛みが、胸を襲った。

そのとき澪は答えられなかったのだ。

ただ寂しくて、分別もなく、流されるまま有り余る愛情を受けて、あのおそろしい出来事に直面して、愛しているのかと問われたとき、自分のなかにある寒々とした感情に気づいてしまった。

親に愛されなかった者は、人が〝愛〞と口にするものの定義さえ、わからない。
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