桜ふたたび 前編
ダイニングルームにふくよかな匂いが漂っている。
贅沢なインルームディナーを前に、澪は白いバスローブを握りしめ、自らを供する修道女のように頭を垂れ続けていた。

一旦は帰路に着こうと決めた澪だったけれど、思い切りが悪くぐずぐずしているうちにゆりかもめが運休となり、りんかい線の駅へ向かうつもりが、極度の方向音痴で道に迷い、さらに急な土砂降り雨に見舞われて、歩道橋の下で足止めを食う羽目になった。

相変わらずの要領の悪さで、雨宿りから飛び出すタイミングを逸し、やがて狼の群れのように吹き込んでくる雨風に身動きとれずにいたところを、通りがかったジェイに拾われ、ホテルに連れ戻されてしまったのだ。

ずぶ濡れのみっともない姿で見つかってしまったことも情けない。それよりも、いくら思案しても決心がつかず、天候悪化を口実にまた逃げに走った自分は、もっと情けない。

結局、振り出しに戻っただけ。
感謝も謝罪も、ジェイの怒りを考えると、声を発することもできない。

「問題を整理しよう」

思いがけず平静な口調に、澪はおずおずと目を上げた。
ジェイは激しい雨を背景に、片肘をついた手に顎を乗せ、もう一方の手でワインをスワリングしている。

「ファクターが多いと、ゴールを見失ってしまう。いや、君の場合、答えを出したくないから、問題を複雑化するのか」

ジェイは独り言のように言ってワインを一口含み、味に納得したのか自分の言に納得したのか、頷いた。それから静かにグラスを置くと、改まって背筋を伸ばし、澪をまっすぐに見つめた。

「私は君が好きだ。だから君とセックスしたい。そして君も、私に恋愛感情をもっている」

ストレートすぎて赤面してしまう。
それよりも、彼への恋心を自覚したのはつい先刻なのに、相手に感じ取られてしまうような言動を無意識にしていたのかと、そちらの方が恥ずかしい。
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