桜ふたたび 前編
「わたし……」
ようやっと、澪は声を絞り出し、瞼を開いた。
「わたしは……ジェイさんのことが……好きです……」
ジェイは当然のことのように頷く。
「だから、これまでのように……〝時間つぶしの相手〞でいさせてください」
ジェイは片眉をわずかに上げ、それから訝しげに目を細めた。
「わからないな。好きなら、手に入れたいと思うものだ。それは、〝大和撫子の貞操観念〞というものか?」
澪は首を振り、震える声で言った。
「好きだから……、ここから先には進めません……」
「理由は?」
「……わたし……人とうまく付き合えなくて……。距離が近くなればなるほど、不愉快な思いをさせていないか不安になってしまう。好きだからこわいんです。あなたを失望させて、傷つけて、嫌われてしまうことが」
ジェイは、珍しく考え込んだ。
前髪をかき上げ、肩を落とした澪を見つめる。人差し指でテーブルを軽く叩く音だけが、しばし空間を支配した。
やがて、彼は指を止め、ゆっくりと一度、瞬きをした。