桜ふたたび 前編
「わたし……」
澪はかすかに震える唇を押さえつけるようにして、ようやく声を絞り出した。瞼をゆっくり持ち上げると、その奥には迷いと怯えが混ざった光が揺れていた。
「わたしは……ジェイさんのことが……好きです……」
愛の告白というより、罪の懺悔のような響きだった。
ジェイはその言葉を当然のように受け止め、小さく頷いた。
だが、澪の次の言葉は、まるでそれを否定するようなものだった。
「だから……これまでと同じように、〝時間つぶしの相手〞でいさせてください」
ジェイはわずかに片眉を上げ、不審そうに目を細めた。
「わからないな。好きなら、手に入れたいと思うものだ。それは、〝大和撫子の貞操観念〞というものか?」
澪はかぶりを振った。喉の奥で何かが詰まったように、声が震える。
「好きだから……これ以上、進めないんです」
「理由は?」
「わたし……昔から、人とうまく関われなくて……」
言いながら萎むように小さくなる。それでも、胸の前でぎゅっと自分の手を握りしめ、振り絞るように続ける。
「……家族とも……ずっとそうでした。愛されようと頑張れば頑張るほど、期待を裏切って、怒られて……突き放された」
ぽつりぽつりと落ちる言葉が、過去の傷をなぞる。
「だから……誰かと距離が近くなると、不安になってしまうんです。きっといつかあなたにも、幻滅されて……傷つけて……嫌われてしまう。好きだから、壊れるのがこわい……」
彼女の声は、風に消えそうなほどか細かった。
ジェイは、珍しく考え込んだ。
前髪をかき上げ、肩を落とした澪を見つめる。人差し指でテーブルを軽く叩く音だけが、しばし空間を支配した。
やがて、彼は指を止め、ゆっくりと一度、瞬きをした。