桜ふたたび 前編
「君が人間関係に何を期待しているのかは知らないが、人はしょせん傷のつけ合いだ。程度の差こそあれ傷を負い、傷を与えながら生きている。
だが、決して致命傷にはならない。同時に癒し合う術も知っているから。
それに──」
ジェイは涼しい顔で、
「君との関係がこの先どうなろうと、私は傷つかない。私が手に入れたいと望んだのだから、成功も失敗も、自らの意志に由来するものとして、受け入れる。肝心なのは、自らが欲して行動することだ」
「欲しいと願うと、みんな掌から零れてしまう……。何も望まなければ、何も失わずにすみます」
「不毛だな。望まなければ、何も得られない。
君は、考えれば考えるほど深みにはまって、取るに足りない小枝や小石に足を取られ、結果一歩も動けなくなって後悔するんだ」
そう、前に進めない澪は、後悔ばかりしていた。あのときこう言えたら、あのときこうしていたらと。
いつも肝心な分岐点で、勇気がなく立ち尽くし、〈仕方がない〉と、流されるばかりの人生を諦観していた。
「どうせ後悔するのなら、進んだ方がいい。悪路であろうと、行き止まりであろうと、必ず得ることがある。
それに、進む限り、道はいくらでも選び直せる」
ジェイは澪の前に立ち、その頬にそっと触れた。
「君は、雨が降るからと家に閉じこもり、朝の美しさを知らずに一生を過ごすつもりか? こわがらないでいい。私と旅に出よう。きっときれいな虹を、君に見せてあげる」
吸い込まれそうな瞳の奥には、不思議な闇が横たわっている。闇と闇とが解け合ったとき、夜明けが生まれるのだろうかと、澪は思った。
軽率な一言で、相手を傷つけてしまうかもしれない。不用意な行動が、誰かに迷惑をかけるかもしれない。嫌われて疎まれたら、また置き去りにされてしまう──。
そんな不安を抱え、暗夜のなか身動きできなくなった澪に、彼は美しい朝の虹を見せてくれるのだろうか……。
再び、窓外が眩しく閃いた。
澪はただ、神に導かれる求道者のように、頬に置かれた手に、震える手を重ねた。
「君の答えは? Yes or No?」
「……イエス」