桜ふたたび 前編

2、風鈴

後祭(あとまつり)が終わり、梅雨明けした京都は地獄のような猛暑日が続いた。

澪が住むアパートは、一方通行の入り組んだ路地に建つ、木造二階建。五十年ほど前に学生向けに建てられた。リフォームされているとはいえ、鉄骨の外階段に外から丸見えの玄関は、哀愁さえ漂わせる昭和な古臭さ。家賃の安さだけが売りのアパートは今どきの学生には見向きもされない。

近所の銭湯帰り、澪はアパートの階段でよろめいて、咄嗟に手すりにしがみついた。寝不足のせいなのかすっかり湯当たりしていた。
額の汗をハンカチで抑えてふと目を上げると、廊下の奥、澪の部屋の前に人影があった。こちらに気づき、サングラスを外しながら手すりに凭れていた体をつと浮かせた。

澪は小さく会釈をして、やにわに踵を返した。

「澪!」

澪は、だるまさんがころんだのようにピタリと止まった。

「どこへ行くんだ?」

「な、なぜここに?」

澪は背を向けたまま、すくめた肩越しに怖々と言った。

幽霊でも見たかと思った。ニューヨークにいるはずの男が、いきなり部屋の前に立っていて、面食らわない方がおかしい。

「なぜって……」

意外な質問だったのか、ジェイには珍しく絶句している。

「とにかく……、シャワーを使わせてくれないか?」
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