桜ふたたび 前編

澪は瞼を閉じて、言葉を押し出すように言った。

「わたしは……望まれて、生まれてきたのではありません」

「……誰に望まれなくても、神の祝福はある」

まるで自らに言い聞かせるかのように、ジェイの口調が苦い。
彼もまた、人知れず心の底に負い目を抱え込んでいるのかもしれないと、澪は思った。

澪は沈思した。
生い立ちを語ることは、家族の恥部を晒すことになる。
会って間もない彼に、話していいものだろうか。重いと、引かれてしまうのではないだろうか。

けれど──
自分を縛っていたものの根がそこにあって、そのために人と壁を作ってしまっていたのなら、その壁を乗り越えて、彼にだけは少しでも近づきたいとも思う。

何だろう? 今まで誰に対しても抱いたことのない感情。
わたしを知ってほしい。
わたしをわかってほしい。
わたしは、ここにいると、認めてほしい。

こわい。
けれど、砂漠でオアシスを求めるようなじりじりした渇望が、心を突き動かす。

澪は、深く息を吸い込んだ。
鼓動の平常を確かめるように、胸に手を当てる。

そうして、古くなった本を開くように、訥々と語り始めた。
< 89 / 313 >

この作品をシェア

pagetop