桜ふたたび 前編
その夜、澪は夢を見た。

幼い澪は、波打ち際で白い砂の山を作っていた。
頭の高さまで砂を積み上げたとき、黒い影が落ち、山が踏み潰された。
見上げると、肩幅の広い男が見下ろしていた。父なのか、柚木なのか、逆光でわからない。

少女になった澪は、ふたたび砂を集めた。
丁寧に、強く、砂を押し固め、ようやく頂上を作ったとき、今度は紙飛行機が飛び込んできた。
山は翼によって二つに切り裂かれ、白い灰となって風に飛ばされてしまった。

見ると、ジェイの姿があった。
寂しげな眼差しで、大人になった澪に別れを告げているようだった。

〈どこへ行くんですか?〉

〈あなたの代わりに、彼は連れて行くよ〉

アースアイの少年が、ジェイの手を取って海の奥へと誘う。

澪は必死に追いかけた。
けれど、砂が触手のように足に絡みついて、うまく前へ進めない。

〈君が望むから、失うんだ〉

天から声が響いた。
砂に転ぶ澪の目の前で、ふたりは波間に消えていった。


❀ ❀ ❀


叫び声をあげて、澪は飛び起きた。
まるで運命の扉の向こう側を覗いてしまったかのように、胸が烈しく鳴っていた。

海色のカーテンの向こうは薄明るい。
額の汗を拭い、テレビをつけ、澪は、画面に釘付けになった。

ビルよりも高く立ち上る水蒸気。摩天楼にこだまする万雷のサイレン。茫然と立ち尽くす人々の姿。

〈ニューヨーク・マンハッタンのオフィス街で複数の爆発。テロか〉

ジェイは今、マンハッタンにいる。昨日のメールに、そう記されていた。

胸騒ぎに、澪はあわててスマホを手に取った。

──迷惑? でも、確かめるだけ。

不安な思いに矢も盾もたまらず、震える指でボタンを押す。
長く不気味な空白があって、英語のガイダンスが流れてきた。

しばらく待ってかけ直してみる。やはり通じない。
夕方になっても、メールの返信さえ届かなかった。

──欲しいと願った瞬間に、掌から零れてゆく……。

ジンクスが脳裏を過ぎった。
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