侯爵夫人の復讐
キルアは爽やかな風のなびく小高い丘の上の墓地を訪れた。
十字の墓石の前で腰を屈めて話しかける。
「お父さま、お母さま、お兄さま……すべて終わったわ」
墓に備えた白い花がわずかに揺れる。
キルアは静かに微笑んだ。
「本当はこれが終わったらあなたたちのところへ行こうと思っていたの」
キルアは少し鬱々とした表情でぼそりと言う。
「でも、できないわ」
白い花が揺れて、花びらが一枚だけひらりと風に乗る。
「ごめんなさい。会えるのはもう少し先になるわね」
そう言ってキルアは立ち上がる。
彼女のそばにはセドルが立っていた。
彼も目を閉じてキルアの家族に祈りを捧げる。
キルアは静かに報告をした。
「私はこれからも生きていくわ。そうしなければならない理由ができたから」
まるで返事をするように、花びらがふわっと一枚、そしてもう一枚と、風に乗って舞い上がった。
空は青く晴れている。
空気が澄んで、気持ちのいい午後だった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ」
「無理しないでください」
セドルはキルアの肩を抱いて支える。
キルアは大きくなったお腹を手で撫でながら、セドルに連れられて墓地を去る。
「ところで、いい加減に敬語はやめてくれない」
「あ、すみません……じゃなかった。ごめん、なさい」
「ふふっ」
キルアは笑い、セドルは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「ねえ、家を買おうと思うの。どうかしら?」
「素晴らしいですね。俺はしっかり掃除してあなたの家を綺麗にします」
キルアがじっと見上げると、セドルはハッとして苦笑した。
「えっ、と……俺が家事をするから、安心していい」
「そう?」
「もちろん、子守りもする!」
「あなた、経験があるの?」
「いや、ない……です」
敬語をやめようとしてもなかなかやめられないセドルが、焦りながら話す様子を見て、キルアは笑った。
心の底から安堵して、穏やかな気持ちになる。
「あなたに子守りを押しつけたりしないわ。だって、ふたりで育てるべきでしょう」
キルアが笑顔でそう言うと、セドルは彼女をふわっと抱きしめた。
あたたかい風が吹き抜けていく。
この町には、ふたりの過去は一切ない。
誰もふたりのことを知らない。
ただ、刺繍が上手な女とホテルの業務が完璧な男が、ふたりで暮らしているということ以外は。
*
町の中心部で少年が夕刊を売っていた。
見知らぬ男がそれを買い、その場で広げる。
男は経済面をじっくり見ているようだが、その新聞の片隅に、誰も気づかないような記事がひとつ。
『息子が父親を殺害し、母親は意識不明』
『治安隊に捕らえられた容疑者は、父親に何度も働けと言われて嫌気がさしたので殺したと供述』
『なお容疑者は足を悪くしているが、歩けないほどではない。今後、容疑者を詳しく取り調べる』
男は新聞を売る少年に声をかけた。
「そういやもうすぐ祭りだねえ」
「ええ、そうなんですよ。最近は景気がいいので店もいっぱい出ますよ」
「そりゃ楽しみだなあ」
ざわざわと、賑やかな夜が始まる。
人々は酒屋へ集まり、明々と照らされた平民の町はこれから明るい宴の時間だ。
〈 完 〉


