破壊
 クラスメートはどうしたらいいのか分からないといった様子で騒めいている。混乱しているようだった。鈴原と谷坂だけが冷静だった。

 傀儡のように動く俺の手が、目の前の谷坂の首に触れようとした時、彼の口が、霧崎、と動いたのを見た。刹那、間の抜けたチャイムが鳴り響き、その音にドクンと心臓が跳ねたことで一気に目が覚める。あ、と無意識のうちに漏れた声が、突如訪れた乾いた音に掻き消され、遅れて頬に熱く痺れるような痛みが伴った。打たれたのだと理解したのと同時に、谷坂に顎を掴まれ目を見られる。鈴原ほどではないが、それなりに強いグレアを放たれた。

「殺せよ、霧崎、鈴原を。"Kill(殺せ)"」

 当初はそんなつもりなどなかったであろう谷坂が、鈴原に煽られるままに暴走しているかのようで。声音は至って冷静ではあるが、その双眸には鈴原に対する闘争心が宿っていた。鈴原も、谷坂も、俺を都合のいい道具だとでも思っているのだろうか。

 二人のDomに殺すよう命じられ、次第に頭の奥の方が痛くなってくる。どちらかの指示に従えば、どちらかの指示に背く行為となる上に、そのどちらを選択しても良い結果にはならない。でも、従わなければ。殺らなければ。鈴原に従うために谷坂を。谷坂に従うために鈴原を。殺らなければ。谷坂を。鈴原を。そうだ。二人を。俺は二人を。殺さなければ。それが二人のDomの命令だ。

 思考が空回りしていく。パートナーのいない俺は、パートナーに助けを求めることができない。それぞれとセーフワードを決めていない俺は、自身の吐いた言葉で彼らを止めることすらできない。何もできない。息ができない。殺して。殺せ。鈴原と谷坂の声が、ぐるぐると脳内を駆け巡り、視界を揺らすほどに大きく反響する。殺して。殺せ。殺さないと。
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