佐藤 しおりの幸せ探し〜揺れる恋

お互いに黙礼し、通り過ぎていく男がしおりの部屋の奥へ。

『隣人』

しおりがあえて言わなかったのか、ただ、言うほどでもないと気に留めなかったのかは、辰巳にはわからないが、辰巳は、このいけすかないイケメンに、胸がざわついているのだけは確かだった。

辰巳は、しおりの勤める系列の親会社で働いている。各店舗をサポートして回る為、定住することはなく、ほとんど仮住まいのホテル暮らしだ。

そんな辰巳だが、しおりは、文句も言わずに待っていてくれる。そんな彼女を大事にしたいと思う一方で、辰巳の心には、しおり以外の女性が住んでいた。

わざわざ、しおりに会いにきて、男の影に嫉妬するほどだが、熱烈に愛した前の女のように腹の底から激情が湧くほどしおりを思っていないとわかっていた。

「サイテーだな」

そう呟いた辰巳は、振り返ることもせずしおりのマンションを後にした。

一年ほど前に、辰巳の弱っているタイミングに、しおりからの告白で始まった関係だが、辰巳がアテンダーとして活動していた為、遠距離恋愛となった。

それでも、頻繁に会いに来ていた辰巳とうまくいっていたのだが、最近、辰巳の訪来が減っていき、しおりは、この恋の終わりを予感させていただけに、辰巳の訪れは嬉しいものだった。
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