今ドキの悪役令嬢は婚約破棄どころか、婚約しません!─せっかく傷物令嬢になったのに、顔が天才な俺様王太子が絶対、私を諦めない!─
ヘレナはミカエルのおかげか、すっかり自信を取り戻した。パートナーがなんとかしてくるという安心感を得て、堂々とステップを踏むことで格段に腕を上げたのだ。正ヒロインスペック持ちのヘレナは10の努力に500の結果がついてくる。なのに100の努力をするから驚異的なのだ。
「ヘレナ!すっごく上手になった!素敵!素敵よ!」
「ありがとうございます、アン様!アン様のおかげです!」
「違う違う!ヘレナの努力のおかげ!」
ダンスホールで花咲く女子たちがキャッキャ手を取り合ってくるくる回っている夢のような光景を、静かに出歯亀している男が二人いた。
ダンスホールの窓を覗いて二人で並んで立っているが、視線は可愛い女子だ。男の顔なんて面白くないものなど見る気もない。
「アン、可愛い。俺にはああいう無邪気な顔なかなか見せてくれないからな」
「どこかの男に取られるのが不安だから、目印をつけて常にどこにいるか把握してるんですね?」
ミカエルの隣に立ったジェイドが、スパンと言い放つ。
保健室の教師であるジェイドは治癒魔法使いだ。魔法使いとしての資質は非常に高い。さらに細かい作業の多い呪い魔法の研究を趣味にしており、魔法に関する観察眼は卓越していた。
「アン嬢につけた目印は小指の指輪が怪しいと思います」
ミカエルがどうやってアンの居場所を掴んでいるか、ジェイドには丸わかりだった。指輪につけたミカエルの魔力を、懐中時計で確認すればアンの居場所がわかるのだ。
「目ざといな。アンに言うなよ」
もう何年も前につけた指輪だが、いまだにとても役に立っている。
「そういうお前もつけてるじゃないか。髪飾りか?」
「……お互い様です。可愛い子には目印を」
ダンスホールの外からにこやかに優しく眼鏡を上げ直すジェイドの笑みは寒かった。
「ヘレナのことに関しては世の男全ての上に立っておきたいです。殿下が一曲踊ったと聞いたので、その後ヘレナと100回は踊りました」
「踊り狂ってるな」
話すたびに冷風が吹くジェイドには狂気の匂いしかしない。だが、アンはこの男を眺めるのがお好きらしいので腹立たしい。
だが、ミカエルは校内で一番呪い魔法に詳しいこの男に、アンの呪い魔法を調べるよう命令していた。目的のために使える者は使う。
「アン様の顔の件ですが、高度で強固な呪い魔法です。解除条件が緻密だと推察できます。アン様がご自身でかけたのだとしたら呪い魔法の才能がありますね」
「俺のアンだからな」
天使のように尊い女子たちがまた手を取って踊りだしたので、男二人の目が喜ぶ。ジェイドは口だけで簡潔に結論を報告をする。
「いろいろ調べた結果。簡単に言うと【魔王に解き方を教えてもらえ】です」
「投げんなよ」
ヘレナに手本を見せるために、アンが一人でステップを踏み始めたのでミカエルの口角が上がった。つまらない話はアンを見ながらに限る。
「部分的にであれ、時を止めるなんて古臭い仰々しい呪い魔法ですよ。文献が限られているのに、アン嬢が抹消したようです。なかなか手ごわい。これ以上辿りようがありません」
「さすが俺のアン、抜かりないな」
「そこを生き字引的な魔王ならわかるだろうって話です」
「どこにいるんだ、魔王」
ミカエルは頭半分でジェイドの話を聞いて、頭半分は楽しそうに猫目に喜びを満たして踊るアンでいっぱいだ。今度のパーティでアンにどんなドレスを贈るか考え始めるのに忙しい。
「居場所は特定できていませんが、魔王復活の兆しがあります。聖魔法を有するヘレナが魔王に狙われる理由は当然、ご存じでしょう?」
「予言があるからだろ?なんたらかんたらな娘、聖女の力宿り、なんたらかんたらで魔王を殺すってやつ」
ミカエルは、魔王にも予言にも聖女らしいヘレナにも興味が湧いてこない。
乙女ゲーム「君と魔王とLOVEしてる」にて、復活した魔王に真っ先に狙われるのがヘレナだ。はるか昔にされた予言により、魔王にとっての天敵が聖魔法を使う聖女、つまりヘレナだと決まっている。
「全く、王太子のくせに雑ですね。近々復活しますよ、魔王。校内でも魔物が現れたり生徒に狂ったものがでたりと、怪しい動きがいくつも……」
「校内の現状は報告を受けてる。で、お前の提案はなんだよ?」
まどろっこしいジェイドの話を、先回りしてミカエルが早口にこちらの要求を述べる。
「俺が欲しいのは呪い魔法の情報だけだ。
聖女とやらはお前が守るんだから俺は関係ないだろ。勝手に魔王と揉めて、ついでに呪いの情報も引っ張って来い」
ジェイドは道端に咲く花の中で誰もが目の離せない花であるヘレナに釘付けだった視線を、やっと、ミカエルに向けた。
「私はヘレナを守るために最善を尽くします」
ジェイドはヘレナが魔王に狙われることに危機感を高めていた。ジェイドは魔法の緻密な扱いには長けているが、保守的な魔法使いなのだ。ヘレナを守り、魔王の襲撃に対応しきれるか頭を悩ませていた。
「そこで私が考えた勝率の極めて高い作戦は【大魔法使いミカエル、召喚】です」
敏いジェイドは自分の能力に見切りをつけて、使える者は使う作戦に切り替えた。
大魔法使いの称号を得るミカエルは、どう考えてもジェイドより強い。
「は?」
ぐいっと眼鏡を上げてド真面目に静かな顔で提案するジェイドに、ミカエルはついに顔を向けてしまった。
「お前、俺に投げんなよ」
「私にも目印の指輪をください。私に目印つけて、私が呼んだらいつでも飛んでくる。そしたら魔王に直接会えて呪いの情報を引き出せますよ?」
「誰がアン以外の場所に飛ぶか。却下だ。引き続き呪う魔法の情報は集めろよ」
ミカエルはため息をついて、取り付く島もない提案を捨ててその場を去った。
「ミカエル殿下を動かすのには、条件が足りなかったようですね……」
ジェイドは眼鏡を上げ直して、可愛い華が踊るのを見ながら彼女を守る方法を思案し直した。