願わくば、再びあなた様と熱い口づけを。

菊月「月へ還る息をとめた沼女」

「えぇか。この世界は苦界や。だけどね、苦界の中でも上に立つんよ。男を選べる女になりなさい。それが私からの最期の言葉」



私の姉女郎は間夫と共に廓を抜けようとし、捕まって折檻されました。

そのむごい折檻が原因となり、身体を壊して河岸見世送りとなりました。

一度は見世の中でも上位の位置につき、女郎の栄華を手にしたはずの人が、たった一人の間夫に溺れて落ちたのです。

姉女郎は見世を離れる前に私に言葉を告げ、底辺の河岸見世へと向かったのでした。




それから私は今まで以上に、知識や芸事、言葉遣いから仕草まで身につけられるものは貪欲なまでに学んでいきました。

晴れて私は水揚げをされ、今では廓の看板といっていいほどに地位を確立しておりました。

必ず年季を明け、この苦界から脱してみせる。

それが花魁となった私、菊月の生きる指針となっていたのでした。





そんな私は最近、心中穏やかでない日々が続いています。

初会、裏と返しようやく馴染みとなった男がいましたが、その男は出会ったときからおかしな男でありました。

普通、男ならばすぐに手を出してくるというのにこの男はまったくそのその気配がありません。

それどころか、声をかけてみると「興味ない。寝るなりなんなり好きにしてろ」と軽くあしらわれる始末です。



ここまで邪険にされると女郎の名が廃る。私の矜持が許さないというもの。

金があってちょいとお偉い家系のお侍だからといって、女郎をなめることが許されるというわけではありません。

血反吐を吐く思いで生きている。

だからこそ冷ややかさえ通り越して、眼中にさえいれない男の態度に怒りさえ覚えるほどでした。



いっそのこと袖にしてしまおうか。

いや、そんな簡単に振ってしまうのも女が廃るというもの。

ふと過ぎった考えを振り払い、今宵も訪れた男こと、衛藤 景春という名の侍に酒を注ごうと近寄っていきました。



「景春 様。お酒でもお一口、いかがですか?」

「いらん。今日も好きに過ごしていていい」


あいも変わらず可愛げのない。

込み上げてくる怒りを抑えながら笑顔を浮かべ、私は側にいた禿たちを下げます。

部屋に二人きりとなり、私は部屋の窓際まで移動し、そこから見える十五夜月を眺めておりました。

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