離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 さっきまで彼が握っていた手をひっこめる。当たり前だけど消えたぬくもりを探してもどこにもなかった。

 彼は「冗談だよ」と小さく呟いて笑ったあと、気を取り直したようにいつもの彼に戻る。

「支払いはすませてある。送っていけなくて悪いな。早く帰って明日に備えろよ」

「わかりました」

 なんだか急にそっけない態度をとられて不思議だったが、彼がそうしろというならそうするしかない。

 もしかしたらこのあとも自宅に戻るのではなく、なにか用事があるのかもしれないし。

「では、お先に失礼します」

 私は自分の鞄を持ち、軽く頭を下げて座敷をあとにした。

 そのまま玄関に向かい外に出る。店の前の駐車場には車が何台か停まっていた。その中でもひときわ大きな黒塗りの車が目に入る。

 おそらく玲司を迎えに来た車だろう。

 視線を向けていると、車からひとりの男性が降りてきた。その顔に見覚えがあり、私はとっさに物陰に隠れた。

 尾崎さんだ。

 彼の顔を見た瞬間反射的に逃げた。嫌な動悸が止まらない。

 彼にはいい記憶がひとつもない、間一髪で顔を合わせずにすんでホッとした。

 もしかして玲司が急いで私を帰らせたのも、尾崎さんと顔を合わせないためだったのかもしれない。

 北山家の人々は知っているのだろうか。買収した会社に元妻の私が勤めていることを。もし知っているとしたら、決していい感情は抱かないだろう。

 さっきまで玲司に甘い感情を抱いていたのが、間違いだと気づかされた。そんな感情を持てばまた傷つくのはわかっている。

 わかっていて、また彼に恋に落ちるほど私は強くない。

 感情を捨てなきゃ。

 この四年間、誰にもそういう感情を抱かなかった。これからもひとりで仕事を頑張って生きていくつもりだった。誰かと恋をするなんてもう二度と嫌だと思っていた。

 だからその気持ちを思い出すだけだ。大丈夫。

 ――私はもう誰とも恋をしない。



 より気持ちを新たにした私は、玲司に接する際にことさら気をつけるようにした。自分がしっかりさえしていれば、惑わされることはないと思うからだ。

 でもどうやら不自然だったみたいで、玲司に「なにかあったのか?」と不審がられた。そう聞かれたところで「なんでもない」と答えるしかできずに、できるだけ彼とふたりで過ごす時間を減らすようにした。
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