離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
「店主の話から判断して、琴葉は俺を支える気だったみたいなんだ。それなのにこれを注文したその日に離婚届に署名捺印をしている。なにかおかしいと思わないか?」

 話をしていくうちに、母の顔色がどんどん悪くなっていく。そして頭を抱えたかと思うと肩を震わせ泣き出したのだ。

「私が悪いの。全部、私がっ」

 取り乱して悲鳴のような泣き声をあげる母。俺は驚くと同時にそのときやっと琴葉の身に起こったことを知ることになった。

「あのとき私がお願いしたの。あなたを助けたいから離婚してほしいと。そうすれば北山の関連病院で腕のいい医師の手術を受
けられ、最新のリハビリも受けられるからって、秘書の人に言われて。藁にもすがる思いだった」

 母の告白に、俺は怒りで震えた。

「俺はそんなこと……一度だって頼んでないだろう」

 そのときの琴葉の心の傷を思うと、胸がかきむしられるようだ。

「わかってるわ。母さんの完全なエゴだって。でもわが子のためなら母親が鬼にでもなれるの。でも……琴葉さんには本当に申し訳ないことをしたと思っているわ」

 いつも気丈な母が泣いている。

 琴葉を傷つけた事実は変わらないが、それが子を思う母心だと言われてしまうと強く責められない。その結果、今の俺の生活があるのだから。

 母さんだってあの事故の犠牲者だよな。ずっと琴葉に対する罪悪感を持って生き続けるつもりなんだから。

「きつい言い方をして悪かった」

 泣いている母に声をかけ反省する。

 俺も同じ状況なら同じことをしていたかもしれない。大切な人のためなら、なにを犠牲にしてもかまわないと判断しただろう。

 責めるなら母ではなく、北山側だ。

 俺は気持ちを落ち着かせて、母に封筒を渡す。

「この手紙を見てくれる? 俺はこれを読んで琴葉との離婚を決心したんだ」

 別れの言葉が書いてある手紙だ。不吉極まりない内容だが、しかし俺はそれを後生大事に持っていた。その手紙を自分以外の人に見せるのは、はじめてのことだった。

 手紙を読んだ母が怪訝な顔をする。

「これはおかしいわ。彼女はずっとあなたに寄り添うつもりだった。病院でも北山の指示であなたに面会できなかったときも、あの子は待合室でずっと待っていたのよ」

 母の言葉とキーケースの存在から、この手紙は俺に離婚を決心させるために書いたものだと確信できた。
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