離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 いったいどんな気持ちでこれを書いたのだろうか。

 俺は琴葉のこの手紙に込められた、本当の優しさに気づかずに、今までずっと過ごしていた。誰よりも彼女のことをわかっているはずの俺が、真意に気がつけないなんて。

「そんなあの子に、私は本当にひどいことをしたの。あの子はあなたのためにこの悲しい手紙を書いたのね。そんな優しい琴葉さんに……私はなんて最低な人間なの?」

 母もまたあの日からずっと自分を責めているようだ。

 琴葉を傷つけたことは、たとえ母親でも許せない。けれど十分後悔もしている。
「なに勝手なことしてるんだよって思うけど、でも今の俺があるのは母さんのおかげだし北山の力のおかげでもある。だから責めるなんてことできないよ」

「玲司……ごめんなさい」

 母は顔を手で覆ってまた泣き出す。

 その姿を見て偉大だと思っていた母が小さく見えた。この小さな体で俺を育ててくれたのだ。

「俺、琴葉のこと探してみようと思う」

「玲司……あなたがそうしたいなら、好きになさい。私はもうなにも口を出せる立場にないから」

 母は疲れた顔で笑うと、俺を玄関で見送った。

 そして真実を知った俺はその日から琴葉を探しはじめた。

 足が動くようになってから、何度かそうしようと思ったことがあったが、彼女の今の生活を壊すようなことになったらと思うとなかなか実行に移せないでいた。

 しかし当時の琴葉の本当の気持ちを、あのキーケースから知ることができて、背中を押されたのだ。

 手がかりはあまりなかったが、最初は探偵を使うなど大袈裟なことはしたくなかった。

 しかしそう簡単に見つかるわけもなく、それでも少しずつ当時の彼女の痕跡をたどっていく。

 そんなときだった。ゴルフ仲間のひとりから会社の買収を持ち掛けられたのは。

 彼の名は中野。ライエッセというベンチャー企業の代表をしている。

 設立されてまだ十年にも満たない会社だったが、技術や業績も申しぶんなかった。

 早々に興味を持ち調査を進めていると、ライエッセのホームページの社員紹介に琴葉がいたのだ。

 買収先の会社にいるなんて、偶然にしてもできすぎだ。しかし俺はそれを偶然だなんて思いたくなかった。


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