その笑顔を守るために
瑠唯がERに飛び込むと、そこは騒然としていた。ストレッチャーの上で古谷が文字通りもがき苦しんでいる。
「古谷さん!分かりますか?原田です!どの辺が痛いですか?」
古谷は、ただただ呻くばかりで返事が出来ない。そこへ山川と三ツ矢が駆けつけた。直ぐに三ツ矢が駆け寄り
「古谷さん!三ツ矢です!どうしました?」
既に意識は殆どない。
瑠唯が叫ぶ。
「オペ室に連絡して!」
「原田先生!どうした?」
「山川先生!「劇症型腸炎」です。直ぐオペを…先生…お願いします。前立ちやります!」
山川は消化器外科専攻だ。自分より適任だと思ったのだ。
唖然とした山川は、しかし次の瞬間毅然として答える。
「わかった!」
「僕も…僕も手伝わせて下さい!お願いします!」
三ツ矢が真っ青な顔で叫んだ。
直ちにオペが開始された。
しかし…開腹直後、山川も瑠唯も愕然とする。腹腔内には血が溢れていた。素早く出血点を縫合していく。ところが、次から次へと腸に亀裂が入っていくのだ。
これが「劇症型」の正体…何故こんな事が起こるのか、どうすれば止める事が出来るのか…全く分からない。二人はひたすら縫合していく。
「心肺停止です!」
滝川の声が響く。
「アドレナリン1ミリグラム!
僕が心肺蘇生する!原田先生!此方側に回って縫合を続けろ!君の方が早い!三ツ矢!そちら側から縫合しろ!」
山川の心臓マッサージが始まる。その間も瑠唯と三ツ矢は必死に出血点の縫合を続けた。しかし、三ツ矢は焦ってなかなか上手く進まない。
「三ツ矢くん!焦らないでいいから!なるべく大きな出血点を丁寧に縫合して!後は私がやる。」
「はい!」
山川の心臓マッサージが続く。
「心拍再開!血圧も戻りました!」
気付くと全ての縫合は終わり、出血は止まっていた。新たな亀裂は入らない。
「念の為、抗生剤追加で投与して!洗浄して閉腹する。」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様。」
オペを無事に終え患者を救えた事に安堵して、山川と瑠唯は向き合っていた。
「先生…今回のオペ…物凄い成果ではないでしょうか?「劇症型腸炎」のオペの成功例はおそらく世界初かと…」
「そうだね、僕もあれからこの症例について、折につけて調べていたけれど、オペが成功して生還したという記録は見ていない。」
「なんで!なんでなんだ!」
突然、三ツ矢の叫び声が割り込んだ。
「なんで…原田先生は古谷さんが「劇症型」だとわかったんですか?」
「古谷さんが言った…引きつる様な痛み…と言うのが引っかかったの。以前、三ツ矢さんが…君のお父様が同じ事を仰っていたから…後は…カン…?」
「カン…ですか?そんなカンが働くんならなんで!なんであの時、僕の父を助けてくれなかったんですか!」
瑠唯がビクっと肩を震わせた。
「三ツ矢くん!それは違う!医者のカンと言うのは経験と血の滲むような努力の上に成り立つものだ!あの時の原田先生は未だ経験の浅い研修医だったんだ。これを見抜けと言うのはまず不可能に等しい。現に君だって今回、この病気を見抜けなかっただろう?」
ここで三ツ矢が唇を噛んだ。
「それを責めているんじゃないよ。発症前にこの病気を見抜くのはベテランの医師でも、極めて難しい。ましてや今の君は未だあの時の彼女と同じ研修医だ。「劇症型」の診断をくだすのは難しかった。彼女が疑問をいだいて注意をしなかったら、この患者さんは間違いなく、手遅れになって亡くなっていただろう。」
「現在、「劇症型」による死亡例は、日本でわかっているだけで80件…その殆どが死因に納得されなかったご遺族が民間に依頼された解剖による判明です。しかも死亡後の判明なので、予兆や発症時の詳しい症状等は全くわかっていません。海外に於いても状況は殆ど変わらず、この病気に関するデータは殆ど無いに等しい。私は国内外、現存する全ての症例を当たり、可能であるかぎり、ご遺族のお話しを聞いて回りました。それをまとめたものをUSBメモリーに入れて保管してあります。もしご希望でしたらコピーを差し上げます。」
瑠唯は淡々と、ただ事実のみを伝えた。
「健人…もうやめなさい。」
「姉…さん…」
不意に背後から優子に声をかけられ、健人が目を見開いた。
「原田先生…健人が色々と…すみません。私たちは、もうわかっているんです。この病気の事も、父の死が避けられなかった事も…ただ健人は…本当に父の事が好きで…尊敬していて…目標で…だから…これまでの事は私からもお詫びします。どうか健人を許してやって下さい。」
「三ツ矢さん…謝らないでください。私が医師として、貴方がたのお父様を救えなかったのは事実です。そこに、研修医だったからと言ういい訳は出来ないと思っています。ただただ、自分の未熟さと無力さを痛感しています。申し訳…ありませんでした。」
瑠唯は、深々と頭を下げた。
そこに…健人のすすり泣く声が響き渡っていた。
「古谷さん!分かりますか?原田です!どの辺が痛いですか?」
古谷は、ただただ呻くばかりで返事が出来ない。そこへ山川と三ツ矢が駆けつけた。直ぐに三ツ矢が駆け寄り
「古谷さん!三ツ矢です!どうしました?」
既に意識は殆どない。
瑠唯が叫ぶ。
「オペ室に連絡して!」
「原田先生!どうした?」
「山川先生!「劇症型腸炎」です。直ぐオペを…先生…お願いします。前立ちやります!」
山川は消化器外科専攻だ。自分より適任だと思ったのだ。
唖然とした山川は、しかし次の瞬間毅然として答える。
「わかった!」
「僕も…僕も手伝わせて下さい!お願いします!」
三ツ矢が真っ青な顔で叫んだ。
直ちにオペが開始された。
しかし…開腹直後、山川も瑠唯も愕然とする。腹腔内には血が溢れていた。素早く出血点を縫合していく。ところが、次から次へと腸に亀裂が入っていくのだ。
これが「劇症型」の正体…何故こんな事が起こるのか、どうすれば止める事が出来るのか…全く分からない。二人はひたすら縫合していく。
「心肺停止です!」
滝川の声が響く。
「アドレナリン1ミリグラム!
僕が心肺蘇生する!原田先生!此方側に回って縫合を続けろ!君の方が早い!三ツ矢!そちら側から縫合しろ!」
山川の心臓マッサージが始まる。その間も瑠唯と三ツ矢は必死に出血点の縫合を続けた。しかし、三ツ矢は焦ってなかなか上手く進まない。
「三ツ矢くん!焦らないでいいから!なるべく大きな出血点を丁寧に縫合して!後は私がやる。」
「はい!」
山川の心臓マッサージが続く。
「心拍再開!血圧も戻りました!」
気付くと全ての縫合は終わり、出血は止まっていた。新たな亀裂は入らない。
「念の為、抗生剤追加で投与して!洗浄して閉腹する。」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様。」
オペを無事に終え患者を救えた事に安堵して、山川と瑠唯は向き合っていた。
「先生…今回のオペ…物凄い成果ではないでしょうか?「劇症型腸炎」のオペの成功例はおそらく世界初かと…」
「そうだね、僕もあれからこの症例について、折につけて調べていたけれど、オペが成功して生還したという記録は見ていない。」
「なんで!なんでなんだ!」
突然、三ツ矢の叫び声が割り込んだ。
「なんで…原田先生は古谷さんが「劇症型」だとわかったんですか?」
「古谷さんが言った…引きつる様な痛み…と言うのが引っかかったの。以前、三ツ矢さんが…君のお父様が同じ事を仰っていたから…後は…カン…?」
「カン…ですか?そんなカンが働くんならなんで!なんであの時、僕の父を助けてくれなかったんですか!」
瑠唯がビクっと肩を震わせた。
「三ツ矢くん!それは違う!医者のカンと言うのは経験と血の滲むような努力の上に成り立つものだ!あの時の原田先生は未だ経験の浅い研修医だったんだ。これを見抜けと言うのはまず不可能に等しい。現に君だって今回、この病気を見抜けなかっただろう?」
ここで三ツ矢が唇を噛んだ。
「それを責めているんじゃないよ。発症前にこの病気を見抜くのはベテランの医師でも、極めて難しい。ましてや今の君は未だあの時の彼女と同じ研修医だ。「劇症型」の診断をくだすのは難しかった。彼女が疑問をいだいて注意をしなかったら、この患者さんは間違いなく、手遅れになって亡くなっていただろう。」
「現在、「劇症型」による死亡例は、日本でわかっているだけで80件…その殆どが死因に納得されなかったご遺族が民間に依頼された解剖による判明です。しかも死亡後の判明なので、予兆や発症時の詳しい症状等は全くわかっていません。海外に於いても状況は殆ど変わらず、この病気に関するデータは殆ど無いに等しい。私は国内外、現存する全ての症例を当たり、可能であるかぎり、ご遺族のお話しを聞いて回りました。それをまとめたものをUSBメモリーに入れて保管してあります。もしご希望でしたらコピーを差し上げます。」
瑠唯は淡々と、ただ事実のみを伝えた。
「健人…もうやめなさい。」
「姉…さん…」
不意に背後から優子に声をかけられ、健人が目を見開いた。
「原田先生…健人が色々と…すみません。私たちは、もうわかっているんです。この病気の事も、父の死が避けられなかった事も…ただ健人は…本当に父の事が好きで…尊敬していて…目標で…だから…これまでの事は私からもお詫びします。どうか健人を許してやって下さい。」
「三ツ矢さん…謝らないでください。私が医師として、貴方がたのお父様を救えなかったのは事実です。そこに、研修医だったからと言ういい訳は出来ないと思っています。ただただ、自分の未熟さと無力さを痛感しています。申し訳…ありませんでした。」
瑠唯は、深々と頭を下げた。
そこに…健人のすすり泣く声が響き渡っていた。