その笑顔を守るために
その日を境に病院内での瑠唯の様
々な噂は、益々広がってゆく。
研修医時代誤診で患者を死なせたとか、その責任を自分を振った指導医に押し付けたとか、身体を使って大野に取り入っているだとか
…そんな話しがまことしやかに囁かれるようになった。
この日も、瑠唯が食堂の何時もの席で昼食を取りながら論文を呼んでいると…近くの席で瑠唯の話しをしている若手医師達のグループがあった。
「原田先生も可愛い顔してやってくれるよなぁーちょっといいかも、なんて思ってたからスゲーがっかりー」
「でも、オペの腕は確かだろ?」
「それだってアメリカ行って散々経験積んだ成果だろ?案外向こうでも身体はって教授に取り入ってオペとかガンガンやらせてもらったんじゃないの?」
「だよなー、そうでもなきゃ、いきなり日本から来たポッとでの新人にそうそうオペなんかやらせるわけねぇよなぁー」
背の高い観葉植物の鉢に遮られたその席は周りからはよく見えない。そこに瑠唯がいる事など誰も気にしていなかった。
瑠唯はひとつ大きな溜息をついた。
…やっぱりここにも自分の居場所はないのかも…
瑠唯は元々自分に対する、他人の評価を気にしない。というより、これまでそれほど人との関わりを持ってこなかったのだ。しかしこういった地方の閉鎖的な土地では
外から来た人間に対する興味は、良くも悪くも絶大だ。噂は程なく病院の外にも広がるだろう。そうなれば、この病院の評判に関わる。多大な迷惑をかけるだろう。
…アメリカに戻るか…
そんな事を考えていた瑠唯の耳に聞き慣れた声が届く。
「おい、君たち!こんな所でくだらない話しをするな!」
何時も穏やかな彼からは想像もつかないくらい荒々しい口調だ。
「第一良く知りもしないで、憶測でしかない事を口にして、恥ずかしくないのか?」
「山川先生…原田先生の誤診の話しとかは、その場にいた人物から直接聞いた話しですよ!」
「その場にいた人物って誰だ!」
「えっと…それは…」
「松本先生だと言うならそれは違うぞ!彼女はあの時、別の病院で研修中だったからその場にはいなかった!」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだ!それに、君たちはアメリカ時代の原田先生の何を知っている!向こうの病院はそんな生易しいもんじゃない!それこそ寝る時間も削って血の滲むような努力をしてこなければ、あの歳で彼女のような実力は身に付かない!もっと良く考えろ!自分の目で見て、耳で聞いて、自分で感じた事以外の事に振り回されて、己を見失うな!」
山川のその言葉にもう歯向かう者はいなかった。
「原田先生、ちょっといい?」
山川が観葉植物の向こう側に声を掛けると、一同、驚愕する。まさか瑠唯がその場にいるとは思ってもみなかったのである。皆そそくさと、空になった食器を手に立ち去っていった。
「全く!碌でもない連中だな!」
そんな山川らしからぬ物言いに、瑠唯はちょっと驚き、そしてホっとした。
「山川先生、私のせいでご不快な思いをさせて申し訳ありません。」
「いや…君のせいではないよ。それより僕の方こそ君に謝らなければならない。」
「…?何故です?」
「おそらく…今回の噂の発端は、間違いなく松本茜だろう。僕は今まで教授の手前、彼女に対して曖昧な態度で接して来た。しかしそれは卑怯だった。教授に対しても、彼女に対しても。その結果今回の様な事態になり、君に嫌な思いをさせている。今、院長や部長クラスの先生方も話し合って色々と動いてくれているから…申し訳ないが、もう少し我慢してくれ。」
山川は頭を下げた。
「止めて下さい!先生…私は何も…元はといえば身から出た錆ですから…」
「そんな事はないだろう…君は何も悪くない!」
「先生にそう言っていただけるだけで充分です。…それで…私に何か…?」
「ああ…そうだ、君にちょっと相談があって…あの「劇症型腸炎」の事だけど…」
「はい…」
「論文を共同執筆しないか?」
「共同論文…ですか?」
「そうだ!」
「それは…先生が単独で発表していただければ宜しいかと…」
「どうして?あそこまで調べ上げたのは君だよ。むしろ君が単独で発表してもいいくらいだ。けれどきっと君はそうしないだろう?ならば共同で発表しよう。」
「私一人では、とても無理です!それに、私はあの病気に対して思い入れが強すぎて…客観的に見る事が出来ないと思います。」
「だからだ。だから僕に手伝わせて欲しい。この論文を発表すれば間違いなく医学界に激震が走るだろう。多くの人の目に留まる。そうすれば、今、知らずに色々言ってる人間の理解も深まるだろう。頼む!共同執筆者として名を連ねてもらえないだろうか?」
瑠唯は暫く黙って考え込み
そして…
「先生が筆頭著者と言うことでしたら…」
そう答えた。
々な噂は、益々広がってゆく。
研修医時代誤診で患者を死なせたとか、その責任を自分を振った指導医に押し付けたとか、身体を使って大野に取り入っているだとか
…そんな話しがまことしやかに囁かれるようになった。
この日も、瑠唯が食堂の何時もの席で昼食を取りながら論文を呼んでいると…近くの席で瑠唯の話しをしている若手医師達のグループがあった。
「原田先生も可愛い顔してやってくれるよなぁーちょっといいかも、なんて思ってたからスゲーがっかりー」
「でも、オペの腕は確かだろ?」
「それだってアメリカ行って散々経験積んだ成果だろ?案外向こうでも身体はって教授に取り入ってオペとかガンガンやらせてもらったんじゃないの?」
「だよなー、そうでもなきゃ、いきなり日本から来たポッとでの新人にそうそうオペなんかやらせるわけねぇよなぁー」
背の高い観葉植物の鉢に遮られたその席は周りからはよく見えない。そこに瑠唯がいる事など誰も気にしていなかった。
瑠唯はひとつ大きな溜息をついた。
…やっぱりここにも自分の居場所はないのかも…
瑠唯は元々自分に対する、他人の評価を気にしない。というより、これまでそれほど人との関わりを持ってこなかったのだ。しかしこういった地方の閉鎖的な土地では
外から来た人間に対する興味は、良くも悪くも絶大だ。噂は程なく病院の外にも広がるだろう。そうなれば、この病院の評判に関わる。多大な迷惑をかけるだろう。
…アメリカに戻るか…
そんな事を考えていた瑠唯の耳に聞き慣れた声が届く。
「おい、君たち!こんな所でくだらない話しをするな!」
何時も穏やかな彼からは想像もつかないくらい荒々しい口調だ。
「第一良く知りもしないで、憶測でしかない事を口にして、恥ずかしくないのか?」
「山川先生…原田先生の誤診の話しとかは、その場にいた人物から直接聞いた話しですよ!」
「その場にいた人物って誰だ!」
「えっと…それは…」
「松本先生だと言うならそれは違うぞ!彼女はあの時、別の病院で研修中だったからその場にはいなかった!」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだ!それに、君たちはアメリカ時代の原田先生の何を知っている!向こうの病院はそんな生易しいもんじゃない!それこそ寝る時間も削って血の滲むような努力をしてこなければ、あの歳で彼女のような実力は身に付かない!もっと良く考えろ!自分の目で見て、耳で聞いて、自分で感じた事以外の事に振り回されて、己を見失うな!」
山川のその言葉にもう歯向かう者はいなかった。
「原田先生、ちょっといい?」
山川が観葉植物の向こう側に声を掛けると、一同、驚愕する。まさか瑠唯がその場にいるとは思ってもみなかったのである。皆そそくさと、空になった食器を手に立ち去っていった。
「全く!碌でもない連中だな!」
そんな山川らしからぬ物言いに、瑠唯はちょっと驚き、そしてホっとした。
「山川先生、私のせいでご不快な思いをさせて申し訳ありません。」
「いや…君のせいではないよ。それより僕の方こそ君に謝らなければならない。」
「…?何故です?」
「おそらく…今回の噂の発端は、間違いなく松本茜だろう。僕は今まで教授の手前、彼女に対して曖昧な態度で接して来た。しかしそれは卑怯だった。教授に対しても、彼女に対しても。その結果今回の様な事態になり、君に嫌な思いをさせている。今、院長や部長クラスの先生方も話し合って色々と動いてくれているから…申し訳ないが、もう少し我慢してくれ。」
山川は頭を下げた。
「止めて下さい!先生…私は何も…元はといえば身から出た錆ですから…」
「そんな事はないだろう…君は何も悪くない!」
「先生にそう言っていただけるだけで充分です。…それで…私に何か…?」
「ああ…そうだ、君にちょっと相談があって…あの「劇症型腸炎」の事だけど…」
「はい…」
「論文を共同執筆しないか?」
「共同論文…ですか?」
「そうだ!」
「それは…先生が単独で発表していただければ宜しいかと…」
「どうして?あそこまで調べ上げたのは君だよ。むしろ君が単独で発表してもいいくらいだ。けれどきっと君はそうしないだろう?ならば共同で発表しよう。」
「私一人では、とても無理です!それに、私はあの病気に対して思い入れが強すぎて…客観的に見る事が出来ないと思います。」
「だからだ。だから僕に手伝わせて欲しい。この論文を発表すれば間違いなく医学界に激震が走るだろう。多くの人の目に留まる。そうすれば、今、知らずに色々言ってる人間の理解も深まるだろう。頼む!共同執筆者として名を連ねてもらえないだろうか?」
瑠唯は暫く黙って考え込み
そして…
「先生が筆頭著者と言うことでしたら…」
そう答えた。