その笑顔を守るために
どうやって自室に戻ったのか全く記憶にない。気付くと、ベットの上でうつ伏せになっていた。何も考えられない。考えがまとまらない。頭の中で大野の声がこだまする。時には厳しく、時には優しかった大野の言葉が後から後から湧いてくる。アメリカに渡って以来ただひたすら大野の背中を追いかけて来た。医師としての道を見失いかけていた瑠唯にとっての指針だった。その大野が脳腫瘍…後遺症が残れば、程度にもよるが外科医としての将来が絶たれるかもしれない…最悪死だってあり得るのだ。その両方を回避する為のオペが果たして自分に可能なのだろうか?
どのくらいそうしていたのだろう…全身にびっしょりかいた汗に不快感を感じて我に返る。
シャワーを浴びてスッキリしたかった。エアコンのスイッチを入れてバスルームに向かう。頭から冷たい水を被ると幾分思考が戻ってくる。部屋着に着替えてキッチンに戻り冷蔵庫を開ける。中には数本のソーダ水があった。これもそもそも大野の習慣だ。瑠唯はもともと酒が強い。そして結構好きだ。
しかし、大野と共に行動するようになると酒を呑まない彼に従うしかなかった。いつ如何なる時に、急患が入っても駆けつける大野の姿勢を尊敬した。そして次第に瑠唯もそれにならうようになる。
ソーダ水を一口飲むと口の中にジワッと刺激が広がった。
その時、テーブルに置いた携帯が音を立てて震える。
「はい。原田です。」
『原田先生!結城さん…真理子ちゃん…急変です!』
「直ぐ行きます!」
瑠唯は駆け出した。
瑠唯が病室に飛び込むと看護師が慌ただしく動いている。壁際では母親が両手で口元を抑えて真っ青になって震えている。直ぐに真理子に駆け寄りバイタルを確認する。心拍が取れない。呼吸もない。
「挿管準備して!アドレナリン投与!心臓マッサージします。」
瑠唯はベットの上に乗り真理子を跨ぎ…必死に心臓マッサージをする。
「真理ちゃん!真理ちゃん!聴こえる!未だだよ!未だ諦めないで!戻って来て!真理ちゃん!真理ちゃん!」
二十分後…「ツー」と言う機械音が静まり返った病室に鳴り響いていた。母親のすすり泣く声…後から駆けつけた父親も妻の肩を抱き寄せて必死に何かを堪えていた。
駆けつけた加藤が瞳孔を確認して腕時計を見る。
「午後八時二十分…ご臨終です。」
そう言って深々と頭を下げた。
瑠唯もそれに従う。
真理子は遅くに出来た一人娘だったそうだ。
両親の慟哭が深夜まで続いていた。
瑠唯がナースセンターでまんじりともせず迎えた翌朝、欠伸を噛み殺しながら、茜がやって来た。
「おはようございます。あらっ原田先生今日は早いのね。何かあったの?」
「いえ…おはようございます。」
そう答えるのが精一杯だった。
「そう…熱心ですこと。」
そう吐き捨てて、コーヒーを買いに行ってしまった。
「原田先生…真理ちゃんご帰宅の準備整いました。」
「はい…行きます。」
病院一階裏手の出口…ここは亡くなった患者さんを送り出す所だ。
瑠唯が向かうと既に看護師長の佐竹と真理子を担当した看護師が数人、俯きがちにそこにいた。後から加藤部長もやって来て、真理子の棺と両親に頭を下げる。
「あの…原田先生…これ…真理子が書いていたものらしくって…」
そう言って真理子の母親が白い封筒を差し出した。それを受け取る。
「ありがとうございました。皆さんにはよくして頂いて…おかげで真理子の最期は穏やかな時間になりました。真理子も幸せだったと思います。特に原田先生には本当にお世話になって…あの子は先生の事が大好きで、大きくなったら先生みたいなお医者さんになりたいなんて…そんな事まで言ってました。本当に…本当にありがとうございました。」
そう言って父親と共に頭を下げた。
瑠唯は何も言えずにただただ頭を下げる。
決して泣かない。泣いてはいけない。助けることの出来なかった患者さんの死に決して涙は見せない…これは瑠唯の医師としての矜持だ。
そして…この日…真理子は両親と共に無言の帰宅をしていった。
どのくらいそうしていたのだろう…全身にびっしょりかいた汗に不快感を感じて我に返る。
シャワーを浴びてスッキリしたかった。エアコンのスイッチを入れてバスルームに向かう。頭から冷たい水を被ると幾分思考が戻ってくる。部屋着に着替えてキッチンに戻り冷蔵庫を開ける。中には数本のソーダ水があった。これもそもそも大野の習慣だ。瑠唯はもともと酒が強い。そして結構好きだ。
しかし、大野と共に行動するようになると酒を呑まない彼に従うしかなかった。いつ如何なる時に、急患が入っても駆けつける大野の姿勢を尊敬した。そして次第に瑠唯もそれにならうようになる。
ソーダ水を一口飲むと口の中にジワッと刺激が広がった。
その時、テーブルに置いた携帯が音を立てて震える。
「はい。原田です。」
『原田先生!結城さん…真理子ちゃん…急変です!』
「直ぐ行きます!」
瑠唯は駆け出した。
瑠唯が病室に飛び込むと看護師が慌ただしく動いている。壁際では母親が両手で口元を抑えて真っ青になって震えている。直ぐに真理子に駆け寄りバイタルを確認する。心拍が取れない。呼吸もない。
「挿管準備して!アドレナリン投与!心臓マッサージします。」
瑠唯はベットの上に乗り真理子を跨ぎ…必死に心臓マッサージをする。
「真理ちゃん!真理ちゃん!聴こえる!未だだよ!未だ諦めないで!戻って来て!真理ちゃん!真理ちゃん!」
二十分後…「ツー」と言う機械音が静まり返った病室に鳴り響いていた。母親のすすり泣く声…後から駆けつけた父親も妻の肩を抱き寄せて必死に何かを堪えていた。
駆けつけた加藤が瞳孔を確認して腕時計を見る。
「午後八時二十分…ご臨終です。」
そう言って深々と頭を下げた。
瑠唯もそれに従う。
真理子は遅くに出来た一人娘だったそうだ。
両親の慟哭が深夜まで続いていた。
瑠唯がナースセンターでまんじりともせず迎えた翌朝、欠伸を噛み殺しながら、茜がやって来た。
「おはようございます。あらっ原田先生今日は早いのね。何かあったの?」
「いえ…おはようございます。」
そう答えるのが精一杯だった。
「そう…熱心ですこと。」
そう吐き捨てて、コーヒーを買いに行ってしまった。
「原田先生…真理ちゃんご帰宅の準備整いました。」
「はい…行きます。」
病院一階裏手の出口…ここは亡くなった患者さんを送り出す所だ。
瑠唯が向かうと既に看護師長の佐竹と真理子を担当した看護師が数人、俯きがちにそこにいた。後から加藤部長もやって来て、真理子の棺と両親に頭を下げる。
「あの…原田先生…これ…真理子が書いていたものらしくって…」
そう言って真理子の母親が白い封筒を差し出した。それを受け取る。
「ありがとうございました。皆さんにはよくして頂いて…おかげで真理子の最期は穏やかな時間になりました。真理子も幸せだったと思います。特に原田先生には本当にお世話になって…あの子は先生の事が大好きで、大きくなったら先生みたいなお医者さんになりたいなんて…そんな事まで言ってました。本当に…本当にありがとうございました。」
そう言って父親と共に頭を下げた。
瑠唯は何も言えずにただただ頭を下げる。
決して泣かない。泣いてはいけない。助けることの出来なかった患者さんの死に決して涙は見せない…これは瑠唯の医師としての矜持だ。
そして…この日…真理子は両親と共に無言の帰宅をしていった。