その笑顔を守るために
大野のオペを一週間後に控えたその日、瑠唯は何時も席で山川と論文の打ち合わせをしていた。

「大野先生のオペが一週間後に迫って、君も色々と忙しいだろうから、論文の話しは暫く休もう。」

「あっ、はい…ありがとうございます。院長や加藤部長のご配慮で外来やERのローテーを減らして頂いてて…時間的には結構余裕があるんですけど…やっぱり、精神的に余裕がなくて…」

「緊張してる?僕は君ならきっとやり遂げるって信じてるよ。」

「あんまりプレッシャーかけないで下さい。」


「あら?今日もお揃いで…ちょうどよかった…これ、また沢山作っちゃたから食べて。」

そう言って、清掃のおばちゃんがまたしても山盛りのお稲荷さんを置いていった。

「何時も何時も、ありがたい。早速いただこう。」

そう言って、食べかけた山川の手が止まる。

「また、誰か来るかな?」

その期待?を裏切ることなく瑠唯の背中から三ツ矢の軽快な声がした。

「あっ、今日はお稲荷さんですね。これ甘くておいしいんですよねー。これ食べちゃったら他のとこのお稲荷さん、食べられなくなっちゃって…」

そう言って、瑠唯の隣に腰掛けようとする三ツ矢を山川が遮る。

「山川先生…そんな露骨に牽制しなくても…」

少々不機嫌そうに三ツ矢が、ぼやく。

「いや…此処まで来て、今更他の男に触られたくないんでね。」

山川が不敵にほくそ笑み…
瑠唯が真っ赤になって俯いた。

瑠唯の隣に移った山川のいた場所に三ツ矢が腰を降ろしてお稲荷さんを頬張る。

「やっぱり美味いですねーこれ…」

一頻り食べて落ち着くと…

「後、一週間ですね、大野先生のオペまで…明後日には入院されるんですよね?」

「うん…先生本人は前日で充分だ…なんて怒ってるんだけど…ほっとくと何やかやと色んな事やってて…」

瑠唯が小さく溜息を吐く。

「やっぱり大野先生も、少しは不安で…何かやってないと落ち着かないんじゃないんですか?」

「ええー?あの先生が?私、信用されてない?」

「そんな訳ないだろう?信用してなかったら瑠唯にオペなんか頼まないだろ?」

自分の目の前で名前を呼びすてして、更に牽制する山川に三ツ矢は思わず苦笑した。

「僕…未だ研修医の分際でなんなんですが…専攻を脳外に絞ろうと思ってるんです。加藤部長にお願いして、オペ、モニターで見学させて貰うことになりました。しっかり勉強させてもらいます。」

「そんなふうに言われると、益々緊張しちゃう…」

「後、それから原田先生に一つお願いがあるんですが…」

「えっ?私に出来ること?何?」

そこで三ツ矢は、大きく息を吐き、PCにささっているUSBメモリーを指さして…

「その、認識票…僕にいただけませんか?」

瑠唯が…えっ?…と息を呑む。

「父の事は、僕ら家族が死ぬまで絶対忘れません。ですから、先生は病に勝てなかった患者の一人として時々思い出してやって下さい。」

そして深々と頭を下げた。

グッと言葉に詰まり、何も言えない。すると山川がそっと手を伸ばし、USBメモリーから認識票を外すと

「お父さんの事は本当に残念だった…その死を無駄にしない為にも、我々は日々努力を重ねていかなければならない…と、心からそう思う…」

そう言って、三ツ矢に手渡した。

「ありがとう…ございました。」

三ツ矢のその声は、心なしか震えていた。


「じゃあ、僕はこれで…お邪魔しました〜」

「えっ…あっ、三ツ矢くん!」

焦ってとめる瑠唯に背中を向けて
ヒラヒラと手を振りながら、三ツ矢は去って行った。

「本当に、お邪魔だ!」

山川は不機嫌にそう洩らすと、左手をスッと瑠唯の腰に回して引き寄せる。

「あっ…先生…ちょっと…」

顔を真っ赤にして戸惑う。

「もう誰もいないよ。お邪魔虫も消えたし…何処かに食事にでも行こうか?それとも何か買って、僕の家で食べようか?」

山川は瑠唯の耳元で囁いて…そっと耳朶を食む。

「だ…駄目です…こんな…とこ…で…んっ…」

耳まで真っ赤だ。

「こんなとこじゃなきゃいいの?じゃあ僕の家に行く?」

「そ…そういう事じゃなくて…」

瑠唯は山川の胸を両手で遮り、殆ど意味のない抵抗をする。白衣の襟をギュっと握りしめた時、瑠唯の胸元で振動音がした。

「は…はい、外科、原田……すぐ…すぐ、行きます!」







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