その笑顔を守るために
大野のオペの評判があちこちに広まり、瑠唯の診察を求めて髙山病院を訪れる患者の数が日に日に増していた。中には遠方からわざわざ通院して来る者もいる。
大野も無事退院して、今はリハビリをしながら外来等の診療にも携わっている。経過も順調で大きな後遺症も今のところ無いようだ。
ただ、頭痛や目眩等の表情が時折でる日常生活を心配するしおりと生活を共にし始めたらしい。


「最近原田先生忙しいですよねぇー?身体、大丈夫ですか?論文も書いてらっしゃるんですよねぇ?」

今ではすっかり瑠唯に傾倒している三ツ矢が、回診に同行している。

「んー…論文は山川先生が主に執筆してるからそんな負担でもないんだけど…患者さんは確かに増えたかなぁ?その分、オペの件数も…その後の担当患者さんも…だから回診も時間かかっちゃってごめんね。もうこんな時間。お腹すいたよね。」

「もう二時ですからねぇー。もう少し、患者さん一人一人の回診時間短縮されたらどうなんですか?」

「それはだめ…何気ない会話の中に、意外な病気の症状があったりするから…」

「相変わらず、真面目ですねぇー先生…まっ、それが先生のいいとこですけど。」

「おだてても何にも出ないよ!三ツ矢くん。あ、飴なめる?」

瑠唯は白衣のポケットから花柄の紙に包まれた飴を一つ出して三ツ矢に渡した。


「あっ!原田先生…お疲れ様です。」

「田中さん…お疲れ様。」

「さっき、山川先生が探していらっしゃいましたよーもし、手が空いたら夕方迄食堂にいるっておっしゃってました。」

「そう…ありがとう。」

「じゃあ…失礼します。」

軽く会釈して、田中は行ってしまった。

「そう言えば先生…最近山川先生とどうなんですか?僕らもですが、患者さん達の間でももっぱら噂になってますよ。そろそろ結婚するんじゃないかって…」

「け、結婚って…未だそんな…」

「未だって事はお付き合いはされてるんですよねぇ?」

「えっ…うん…まぁ…それは…」

「何だか、歯切れが悪いなぁー上手くいってないんですか?もしかして、割り込む余地あります?」

「なっ、なに?割り込む余地って?そんなんじゃないよ…ただ…お互い忙しくって…山川先生も論文の追い込みだし…私も…ほら、患者さん増えてるし…ってかなんで三ツ矢くんにこんな話ししてるかなぁー」

「いいんじゃないですか?聞きますよ!何時でも!原田先生の恋バナ!」

「っ…こ、恋バナって…」

そんな話しをしながら食堂にやって来ると、何やら何時もの席が騒がしい。数人の若手医師やら研修医達が、テーブルや椅子を移動させていた。

「あれ?何やってんですかねぇ?」

「ほんとだ…山川先生、いないし…」

そこへ後ろから声がする。

「あっ、瑠唯…回診終わった?」

「だから先生!その呼び方、止めて下さい!」

「ハハ…流石に大勢の前ではしないよ。」

「大勢の前じゃあなくても、院内では止めて下さい!」

焦る瑠唯を山川と三ツ矢はサラっと無視して…

「所で先生…あれ、何やってんですか?」

「ああ…あれ?最近、あそこ…みんな集まって来ちゃうから、狭くなって…他から椅子持ってくると、清掃のおばちゃん達に用具室に行くのに邪魔だって言われて、観葉植物移動させてスペース広げてるんだよ!」

「そ、そんな事勝手にしちゃっていいんですか?」

その場所の主である瑠唯が嫌な顔をする。

「別に構わないんじゃないかなぁ?」

山川はアッサリ答えた。

「それで先生、何持ってるんですか?」

「え?あっ、これ?ご飯。」

「ご飯?」

二人がキョトンとして山川をみた。

「うん…今売店で買ってきた。さっきおばちゃんが大量に唐揚げと煮物持ってきてくれて、みんなで食べようって事になったんだけど…若い子達が白飯欲しいって言うから、じゃあ買ってくるからその間に場所広げとけって言ったから…」

「みんなで食べようって…それ原田先生にって事じゃなかったんですか?」

三ツ矢が呆れ顔で言う。

「そうだけど、どうせ瑠唯一人じゃ食べきれるような量じゃないよ。」

もはや瑠唯には、抗議の気力もなかった。





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