フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
 一輪のブーケを手に、急いで自宅に戻る。
 けれど、部屋の前に来て、呆然とした。

 隣の部屋の扉が、開いたままになっている。
 その両サイドは、引越用の養生マットが貼られていた。

 嘘、社長……引越しちゃうの?

 けれど、まだあきらめない。
 私は開いたままのドアの隣の、インターフォンを押した。
 するとまもなく、スーツ姿の男性が出てくる。

「どちら様で――」

 金井さんだ。
 彼は私の姿に一度ぎょっと目を見開き、それからニコっといつもの微笑みを私に向ける。

「おはようございます、南戸さん」

「あ、あの! 社長は⁉」

「社長は本日から本邸に戻られていますよ。そうそう、南戸さんは社長のお隣さんだったそうですね」

 彼はニコリと笑ってそう言う。

「え、もう会えないんですか……?」

 じわんと目頭が熱くなる。
 せっかく、ここまで来たのに。
 私、社長が好きなのに。

 なのに――。

「そうか、どうやら社長は思い違いをしているようですね」

 金井さんはなぜかそう呟いて――

「会えないことはありませんが」

 ――胸ポケットからスマホを取り出す。
 その画面を操作しながら、私に告げた。

「今日、お見合いをしているんですよ。この、料亭で」

「お、お見合い⁉」

「ええ。ここに行けば、社長に会えますよ?」

 驚きのけぞる私に、金井さんはニコリと微笑んでそう言った。
 思わず項垂れ、今度は本当に涙が溢れた。

 拳を握ったら、包んでもらった赤いペチュニアがくしゃりと音を立てる。

「絶対に、諦めない――」

 呟き、顔を上げた。

「私、社長に会いに行ってきます!」
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