義兄と結婚生活を始めます
30話
…ー

当時、すみれは家から15分のところにある名の知れたホテルのレストランで、パティシエの補助として働いていた。


「四番卓!遅れてないか!?」

「ソースのサーブは!?」

「こっちの鍋洗って!」


毎日、厨房は慌ただしく動き、確認やお願いする声が飛び交っていた。
パティシエの補助として勤めてはいたが、職場が好きだったすみれ。
どんなに忙しくても、きめ細かな技術を見て学んだ。


とある日、VIP席に案内される老人を見て、シェフに聞いてみた。


「あのお客様、お疲れのように見えますね」

「…うちの店の取引先の一社でもある、あの小鳥遊社の社長でもあって、会長でもあるんだ」

「え!!小鳥遊って…あの超有名な…!?」

「そんなすごい人だから、まぁ…疲れもあるんじゃないか?」


厨房から見えた、初めて見る小鳥遊社長が、すみれは気になった。
ふと、ひとつの考えが過ると、担当のパティシエにそっと耳打ちして、頭を下げる。

何度か叱りの言葉をもらうものの、懸命に説得するすみれ。
その様子に、渋々パティシエは折れた。

パァッと表情が明るくなると、すみれはさっそく行動に移る。



その頃、黙々と食事を摂る小鳥遊社長は、食事を口にする度にため息をこぼしていた。
側にいた田中は心配の声をかける。


「社長、無理に食事をする必要は…後ほどケータリングを届けさせますが…?」

「…お前はどう思う?和真と由梨子の結婚だ。跡取りだからこそ、聡明な女子がいいとは思う…が…由梨子は口を出しすぎる…どうしたものか…」

「私が和真様のことでご意見を言うなど…恐縮でございます。みな、社長のお考えに従いますよ」


笑みを見せる田中の言葉に、さらにため息をついていた社長は、厨房の小窓に視線が向かった。
小窓からは、容姿の整ったすみれの顔をが見える。

食事の手が止まる小鳥遊社長は、凝視した。
懸命に何かの作業を続けているようで、社長からの視線にはまったく気づかない。

途中、誰かに何か注意を受けたり、チェックをされたりしたところで、社長が食を終えた食器が下げられた。
そして、入れ替わるように制服を着たすみれが一皿を持ってきて、サーブする。


「……注文をしていないデザートとやらを食べろと?」

「いえ、こちらは私からのサービスでございます。お顔が沈んでいた様子でしたので、控えめな甘さで作らせていただきました。わずかでも、笑顔になっていただけることが、当店の喜びです」

「ほぉ…」


物おじせず、にっこりと笑ってお辞儀するすみれ。
社長はスプーンを取ると、さらに乗るムースのようなデザートをひと口食べた。
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