義兄と結婚生活を始めます
数回の咀嚼後、うんうんと、何度か頷く社長。


「…うまいな」

「ありがとうございます!」


頭を下げて、お礼を伝える。


「…君、名前は?」

「え、あ、海崎と申します。海崎すみれです。失礼いたします」


すみれは、再度会釈すると、満面の笑みで答えて下がって行った。
顎に手を添える社長は、側にいた田中を指で呼ぶ。


「…調べろ」

「かしこまりました」


耳打ちされる田中は、すぐに顔を上げると、スマホを取り出して、どこかに連絡を取り始めた。
社長は、小窓から見えるすみれの様子をじっと見つめる。

同僚や先輩シェフに笑顔で対応する様子、声は聞こえないものの、何か意見しているような姿、なにより所作の美しさなどを見入るように観察した。


「ふぅん…」

「社長。ひとまずわかったことは、彼女のご家族が我が社で勤務しているようです」

「ほっほっ!…ますます興味深い」


その一言を残し、社長はレストランを後にした。




それから数日後、総シェフに呼ばれるすみれは、スタッフルームで体を強張らせるほど緊張していた。
ドアの方を見ては、今か今かと、総シェフが入って来るのを待つ。

すると、ようやくドアが開き、総シェフと一緒に支配人、オーナーまで入ってきた。


「わ…私…クビですか…」

「わっはは、こうなると思った!」

「そんなことしたら、オーナーにどやされますよ、海崎さん。心配ありません」

「え…」


豪快に笑う総シェフとは反対の人柄、落ち着いた様子ですみれの気持ちに応える支配人に、戸惑った。
立ち上がりかけていたすみれを座らせると、オーナーが口を開く。


「実は、当店の二号店を海外に出すことになってね。そこのパティシエの席を海崎さんにお願いしたいんです」

「……は!?」

「いずれはパティスリーも…という話も挙がっていて…まぁ、こちらはまだ先の話ですが。来年のオープンに向けて、3月から出向という名目で、先にフランスのレストランに行ってもらいたいんです」


予想もしていなかった、あまりにも大きな話に、開いた口が塞がらないすみれだった。
膝に置いていた手は震え、顔は徐々に俯きかけたが、バッと顔を上げた。


「ど、どうして私が…!?私はまだ補助ですし…技量も柿本さんの方が…!」

「俺たちは日頃の海崎の努力を見てきてる。適任は海崎しかいないと、俺は思ってる」

「総シェフ…」

「レストランから出てくるお客様からも、海崎さんのお名前や仕事内容を聞かれることが多いんですよ。お客様に対しても多くの配慮をされていますし、フランスでもしっかり揉まれて腕を磨いてほしいと思います」


総シェフ・支配人の言葉を聞いて、嬉しさから涙を浮かべるすみれ。
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