義兄と結婚生活を始めます
「あの、私はまだ仕事中ですので、申し訳」
「座ってください、と社長がお申しです」
すみれの言葉を遮って、田中はにこりと笑う。
ただならぬ雰囲気を察したのか、すみれは席に着いて、社長と目を合わせた。
「…何か、至らないことをしましたでしょうか?」
「至らないどころか!…君、小鳥遊の未来の夫人に興味はないかな?」
「……え…あの…?」
唐突な話題に、すみれは大きく戸惑い、理解するのに少しの時間がかかった。
「…よく、話が分からないのですが…どういうことでしょうか…?」
「何、息子の妻になってくれと言っているだけだよ。フランスになぞ、行く必要はない。小鳥遊のグループにもレストラン事業はある。そっちの方…事業部の方で意見を出してくれればよい」
「……お言葉ですが、なぜ私のフランス行きをご存じなのですか?」
ふむ、と顎に手を添える社長に対して、怪訝な顔で問いかけるすみれ。
出向の話をした上の三人と自分以外に、知っていることはありえないと思っていたからだ。
「取引先が我が社なのだ。一枚噛んでいるだけだ。それよりも、きみの経歴を見たが、こんなところで働いておくなど、才能を腐らせるのと同じ。私は容姿や名声ではなく、自立しかつ、他者への配慮ができる君こそが小鳥遊に必要だと思ってな。…父親も出世できるやもしれんなぁ…」
「……私が断ることは考えなかったんですか?」
「断る選択肢はないだろう。小鳥遊のわしが言っているんだ。我が社のグループも、このホテルとレストランとも提携しているんだ。二号店が出せなくなるという悲しい話は聞きたくないのでは?」
「…っ…!!」
すみれの中で、嫌悪感がフツフツと煮えてきた。
小鳥遊社長の言動、顎を撫でる小さな行動一つでさえ、自分の顔を歪めようとしてくる。
「…小鳥遊和真。わしの息子だが、不自由はさせんし、君のすることに文句も言わんだろう。まぁ、少しクセはあるかもしらんがな。くっくっ」
「……」
「もう一度聞こう。息子の和真と結婚してもらえるかな?」
「…………は、い…」
視線を落としたすみれは、苦々しく承諾した。
満足げに笑った小鳥遊社長は、田中に目線を送る。
田中はすぐに察すると、スマホを取り出して、社長へ渡した。
「…あぁ、わしだ。海崎くんを15時に呼び出してくれ。あぁ、すぐ戻る」
「……ご子息とお会いする時間がありませんが」
「会わずともよい。和真も気にせん」
「は…い?いや、あの、顔も何も知らない相手と結婚なんて」
「するんだ、と君は返事をしたぞ?」
すみれをジロリと見てから立ち上がると、肩をポンと叩いて通り過ぎて行った。
俯いた顔のすみれは、下唇をかみしめ、握りこぶしを震わせるだけだった。