愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
(本当に、こんなことがあっていいんだろうか?)


 幸せすぎて怖い。クラルテの頭を撫でながら、俺は静かに目をつぶる。

 ロザリンデの一件以降、俺には結婚など無理だと思っていた。一度婚約をした相手に対して操を立てたい――ということもあったが、彼女に浮気をされ、愛想を尽かされたのは紛れもない事実で。きっと心のどこかで『他の女性とも同じことが起きる』と思っていたのだと思う。


(もしも今、クラルテを誰かにとられたら――――俺はどうするだろう?)


 クラルテのまっすぐすぎる愛情が、笑顔が、他の誰かに向けられてしまったら? 彼女の愛らしい頬に、唇に、他の誰かが触れたら? 今俺がいる場所に他の誰かがいたとしたら?

 ――――ゾッとする。自分のなかに、こんなにもドロドロと黒い感情が存在しうることに。


 大切にしたい。笑顔にしたい。幸せにしたい。……そう思うのと同じぐらい、クラルテを閉じ込めてしまいたくなる。誰にも見えないように仕舞い込んで、自分だけのものにしたくなる。


(怖い)


 クラルテを失うことが。
 自分自身が。とても、とても。


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