恋は秘密のその先に
ぼんやりと目を開けた真里亜は、ベッドに横になったまま、見慣れない天井を見て記憶を辿る。

(あれ?ここどこだろう。病院?私、どうしたんだっけ?)

すると横から文哉の心配そうな声がした。

「気がついたか?気分はどうだ?」
「副社長。私、どうして…うっ」

文哉の方に顔を向けた途端、頭にズキンと痛みが走って思わず顔をしかめる。

「じっとしてろ。動くと良くない」

文哉は立ち上がると、真里亜の頭をそっと持ち上げて枕に戻す。

「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「礼なんか言うな。お前をこんな目に遭わせたのは俺だ」

え?と呟いて真里亜は考え込む。
そして徐々に何があったのかを思い出した。

「副社長のせいなんかじゃありません。それより副社長は?ご無事ですか?」
「バカ野郎。俺の心配なんかするな」
「どこも平気なんですね?パソコンは?」
「大丈夫だ。俺のことはいいから、お前は?まだ痛むか?」
「うーん、少し痛いような、痛くないような…」
「どっちなんだ?!」
「いや、痛くないです。はい」

真顔で問い詰められて、思わず否定する。

だが、後頭部に違和感があり、しゃべると頭の中に響く気がした。

「無理するな。本当は痛むんだろ?」
「えっと、少し」
「検査をしてもらったが、幸い異常は見当たらなかった。ただ、打った箇所は内出血して腫れもある。今夜一晩は入院して様子を見るそうだ。気分が悪くなったりしたら、すぐナースコールするように」

そう言って少しうつむくと、文哉は苦しそうな表情で頭を下げた。

「悪かった。お前がこんな怪我を負ったのは俺の責任だ」
「ですから、副社長は何も悪くありません。悪いのは…、あ!そう言えばあの人、捕まったんですか?」
「ああ。警察に引き渡した。詳しい取り調べはこれからだが、どうやらコンペのライバル企業が雇ったハッカーらしい」

ええ?!と真里亜は目を見開く。

「それって、コンペで選ばれなかった逆恨みってことですか?」
「まあ、そうだな。だが狙いは、うちのセキュリティシステムがずさんだと世間に思わせることだろう。そうすれば、キュリアスはうちとの関係を解消し、他社、つまり自分の会社に声をかけてもらえると思ってハッカーを雇ったんだろうな」

そんな…と真里亜は言葉を失う。
そしてハッとしながら文哉の顔を見た。

「副社長、それで?うちにそのハッカーが侵入したことは、世間に知られてしまったんですか?」
「ああ。警察も来て、騒ぎになったからな。もうすぐニュースでも取り上げられるだろう。マスコミからの問い合わせもしばらくは続くと思う」
「そんな!じゃあキュリアスは?うちのセキュリティシステムに疑問を持たれてしまったら…」
「それはお前が心配することじゃない。これから俺がなんとかする」

でも…と、真里亜は目を潤ませる。

「ごめんなさい。私があの時、副社長室のドアを開けて、ハッカーを中に入れてしまったから…」
「どうしてお前が謝る?お前は何も悪くない」
「だって、副社長は開けるなって止めたのに、私…」

はあ、と文哉はため息をつく。

「いいか、すべての責任は俺にある。お前が自分を責めるのは俺が許さん。もう二度と謝るな。それから」

少し視線を落としてから、意を決したように文哉は顔を上げた。

「お前は人事部へ戻れ。キュリアスのチームからも外す」

は?と、真里亜は素っ頓狂な声を上げる。

「ふ、副社長?一体何を…」
「何度も言わせるな。今後お前の仕事は智史に任せる。明日、退院の手続きも智史に頼んで、お前を自宅まで送らせる。体調が回復したら、次からは人事部へ出社するように。じゃあ、今夜はしっかり休め」

一気にまくし立てると、文哉は立ち上がって出口に向かう。

「ちょ、ちょっと待ってください!副社長!私をチームから外すなんて、どうして…」

真里亜の言葉を無視して、文哉は病室を出て行った。

「くーっ、この鬼軍曹!!」

後ろ手にドアを閉めた文哉に、真里亜が捨て台詞を叫ぶ。

大きく息を吐き出した文哉は、廊下の壁に背を預けて立っている住谷の姿に気づいた。

「いいのか?本当にそれで」

ゆっくりと壁から身体を起こして住谷が尋ねる。

「当たり前だ」

文哉は抑揚のない声でそう言うと、スタスタと廊下を歩き始めた。

「お前、真里亜ちゃん抜きでキュリアスとの仕事、上手くいくと思うのか?」
「ああ」
「彼女がいなくても平気だと?」
「もちろん」
「仕事上ではなく、お前自身もか?」

文哉はピタリと足を止めて住谷を振り返る。

「何が言いたい?」
「彼女を手放してもいいのかと確かめただけだ」

無表情で住谷を見つめた後、文哉は再び前を向きながら答える。

「当然だ」

コツコツと病院の廊下を歩く文哉の後ろ姿にため息をつきながら、住谷も仕方なく歩き始めた。
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