恋は秘密のその先に
「阿部 真里亜ー、これ頼んでもいいか?」
「はーい」

次の日から真里亜は、人事部の仕事に本格的に復帰した。

キュリアスの時のように1から資料を作る、なんてこともなく、淡々と決められた手順で事務処理をしていく。

藤田や先輩達と雑談を交わしながら、のんびりと仕事をしていると、キュリアスの仕事に追われていた怒涛の日々は、もはや遠い昔のことのような気がしていた。

「お昼行こうよー」
「あ、たまには外に食べに行かない?」

先輩達の提案に、真里亜も頷く。

「いいですね。外でランチなんて久しぶり!」

カーディガンを羽織り、小さなバッグを持って近くのおしゃれなイタリアンレストランに行く。

「はー、これぞOLって感じ」

美味しいカルボナーラを食べながら、真里亜はうっとりと呟く。

「あはは!そっか。真里亜、最近まで下僕だったんだもんね」
「大変だったねー。これからは人事部で平和に過ごしなよ」

先輩達に、はいと返事をしながら、真里亜はふと違和感を覚えた。

(そんなに嫌な毎日だった?ううん、違う。確かに忙しかったし、副社長とやり合ったりしたけど、私はきっと…)

幸せだったんじゃないかな?

頭に浮かんだセリフを、真里亜はじっと考える。

副社長室で文哉と二人、キュリアスの為に何度も話し合い、確認し、資料を練り直していた日々。

一生懸命作った資料をドキドキしながら文哉に見せ、完璧だ、と言ってもらえた時の喜び。

コンペを勝ち取り、皆で喜び合って打ち上げをした時の達成感。

チームメンバーで力を合わせて最後までキュリアスの仕事をやり遂げ、互いを労った時の仲間との絆。

(あの経験は私にとってかけがえのない財産。副社長室で過ごした日々は、間違いなく私の幸せな時間だったんだ)

そう自覚した途端、真里亜の心の中で、幸せが遠ざかる寂しさが広がっていった。
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