追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「絶対だめっ!!」

 私はとんでもない読み違いをしていたのだということにようやく気づく。

「リティカ?」

 訝しげな声で師匠から名を呼ばれ、私ははっと我に返る。

「……だ、だって……そんな……急に」

 まだ師匠やエリィ様を王都に引き止めるための準備ができていない私は、言葉を紡げずにいい淀む。
 エリィ様が身ごもっているのが双子だと知ったのも今が初めてだ。双子であるならば、私が思っていた以上にお腹が大きくなるのが早いのだろう。つまり、あの白昼夢で見た日は、私が想定していたよりもずっと早く訪れる。
 どうして気づかなかったの?
 きゅっと、己の浅はかさや情報収集能力の低さを後悔しつつ、私は唇をかみしめる。

「リティカ、コレはお前が口を挟めるようなことではないんだ。そもそも師範は」

「それでも! それでも私は……」

 私は私を嗜めるお兄様の言葉を叫ぶように遮る。
 脳裏にはあの光景が浮かぶ。エリィ様が棺に横たわり、泣き崩れる師匠の姿が。

「……リティー様?」

 不思議そうなエリィ様の声に私は拳を握りしめる。
 絶対に行かせるわけにはいかない。

「……双子の出産とはすごく大変なものだと聞きます。それなのに、この時期に師匠が討伐に出向く必要ありますか?」

「だから、エリィの実家に」

「エリィ様にしたってそんな辺鄙な地にわざわざ行かなくても人手が必要なら、公爵家に来たらいいじゃないですか。乳母でも専属の使用人でも産婆さんでも、お医者さんでも、薬師でも、私が全部手配しますから」

 それなのに何の策も思い浮かばない自分が情けない。

「……だから、2人とも行かないで」

 どこにも行かないで、と私は大粒の涙をこぼしながらそう懇願する。

「リティカ、いくら寂しくてもそんなふうに言ってはいけない。師範も奥方も困ってしまうだろう? 師範達を困らせてはいけない。それに師範が討伐についていくのはいつものことだし、師範ならすぐにお戻りになられる」

「そんなの……そんなのわからないじゃない!」

 私はそう言って、お兄様の言葉を否定する。

「絶対に"大丈夫"なんて保証、どこにもないじゃない!」

 師匠は強い。
 そうでなくとも攻略対象なのだから、本編開始前に死ぬ事はないだろう。
 だけど、エリィ様は……。
 運営(神様)の作ったシナリオは分からない。だけど、そこに持って行こうとする強制力のようなモノを感じて私はゾッとする。

『すぐに帰ってくるから、いい子で待っていてね』

 ゲームで見た光景が、私の頭の中で勝手にリプレイされる。
 お兄様にその言葉を残していなくなったのは、私と同じコスモス色の髪をした、優しく微笑む綺麗な女性。

「だって、お母様は……王都に帰って来れなかったじゃない!!」

 これは私の記憶ではない。
 私が覚えているわけがないのだ。
 なぜなら、お母様は私が物心つく前に亡くなっているのだから。
 それなのに、お母様の顔や声が私の中に刻み込まれたようにはっきりと浮かんで来て、消えてくれない。

「……私の、せいで」

 私を産まなければきっともう少し長く生きていられただろう、お母様。
 生きていたらきっとその才で様々な魔術式を構築し、魔法文化をさらに発展させただろう国の有能な人材。
 私が奪ってしまった、お父様とお兄様の大切な方。

「リティカ!!」

 お兄様の悲しげな瞳と目が合ったけれど、私はまともに見ることができなくてすぐにそらす。
 
「……っ、ごめん……なさい」

 自分でも何に対しての謝罪なのかわからずそう口にして、私はまともに見れない3人に背を向けて飛び出すように師匠の家を後にした。
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