岩泉誠太郎の恋

彼女に会いたくて震える

4月になって三角商事に入社した。

通常通り新人研修を受け、同期との付き合いも蔑ろにはできないし、社長の息子として上への挨拶回りも必要で、それなりに忙しい日々が続いた。

同時に女子達による強烈なアピールが始まったが、今度こそ対応を間違えるわけにはいかない。

『好きな人がいるので個人的な付き合いはできないし、誤解を招くようなことは絶対にしないで下さい』

俺は繰り返し繰り返しそう言い続けた。

だが彼女達は、驚く程諦めが悪かった。

『好きな人って誰なの?』
→『好きな人の名前は絶対明かしません』

『みんなで飲みに行こうよ』
→『必要以上の誘いには応じません』

『二番目でいいから付き合って』
→『好きな人以外とは絶対に付き合いません』

『友達ならいいでしょ?』
→『誤解を招くので女性の友人は作らないことにしています』

→『何度も同じことを言わせないで下さい』

→『そのしつこさは仕事に生かすべきでは?』

徐々に言葉が辛辣になっていったのはしょうがない。この状況を3ヶ月も我慢した俺は十分過ぎる程誠実だったと思う。こんなくだらないことに時間を費やしている余裕はないので、最終的に諦めの悪過ぎる数人を上司に報告し、接触を禁止してもらうことになった。

研修が終わると配属先が決まった。手土産が効いたのかDX推進事業部への配属となったが、実務経験を積みたいと希望したところ、いくつかの事業部を回りながら兼務することが許可された。

間違いなくハードだが、中から問題点を探れるという意味では、DXの推進に有効な手段であることも確かだ。

着実に実務を経験しつつ、村木さんと作った需要予測システムを応用可能な部署に導入していく作業を続ける。正直体が二つに分かれて欲しいと何度となく思ってしまう程忙しかった。

これだけでもそれなりの成果にはなるが、父さんを納得させるには、成果はいくらあっても惜しくない。

俺は体に鞭を打ち、実務をする中で浮かび上がる改善点を探ることも欠かさなかった。体が三つ欲しかった。

DX関連の作業を、定時後落ち着いてから深夜まで続けることが日常になっている。

遅い時間になってオフィスに人がほとんどいなくなった頃、休憩しながら彼女のことを考えてしまうのも日常だ。

その後は不思議と頭がすっきりして、止まっていた思考が動き出すことがまあまああるのだから、決して侮れない。

ああ、彼女に会いたい。どうせ体が三つになるなら四つになって、一つは彼女のそばに張りつかせよう。

、、駄目だ。今日はどうやら既に限界を越えているらしい。帰って寝た方がいいかもしれない。
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