アンハッピー・ウエディング〜後編〜
やがて、外が暗くなってきた。

そして俺は、大きなマグカップのコーヒーを啜った。

相変わらず、時計を見上げながら。

部屋の中には、コーヒーの匂いが立ち込めている。

今日だけで、これでもう何杯目になるか分からない。

この一杯を飲み終える頃には帰ってきてるかな、とちょっとした…願掛けみたいなことをやってたんだけど。

何杯飲んでも帰ってこないなら、こんなことになってる。

これってもしかして、もしかしなくても。

このままだと、コーヒーの飲み過ぎで結局胃痛確定なのでは?

しかしこの時の俺は、そんなことに気を配る余裕もなかった。

…今なら、ハーフマラソンだろうと、フルマラソンだろうと走れる気がする。

それで寿々花さんを迎えに行けるなら、いくら走っても良いよ。俺は。

「…あ…」

いつの間にか、またマグカップが空っぽになってしまった。

…仕方ない。また淹れるか。

多分、この一杯を飲み終える頃には、寿々花さんも帰ってきてるよ。

って、さっきから何度願掛けしたか分からない。

俺はキッチンに向かって、マグカップいっぱいに濃く熱いコーヒーを淹れ。

そのマグカップをリビングに持っていって、啜ろうとしたその時。

玄関から、ガチャッと音がした。

あまりにびっくりして、淹れたてのコーヒーを落っことすところだった。

しかし、そんなことはどうでも良かった。

コーヒーを引っくり返して、カーペットに大きなシミが出来たとしても、どうでも良かったと思う。

波打つコーヒーを、テーブルの上に残し。

俺は、急いでリビングを出て廊下を走り、玄関に向かった。

この時ばかりは、無駄に広い家の中が恨めしかった。

すると、玄関に。

「ふー。ただいまー」

この一週間ずっと、視界の端で無意識に探し続けていた姿が、確かにここに。

俺の目の前にあった。

「す…寿々花さん…」

「あ、悠理君だ。ただいまー」

…旅行中も電話をくれて、電話越しで声を聞いたことはあったけど。

やはり、対面と電話越しとは訳が違う。

…ナマ寿々花さんだ。本物の。

…本物だよな?

あまりに待ちくたびれた俺の脳みそが、幻覚を作り出した訳じゃないよな?

「…」

「…?」

俺は寿々花さんに近づいて、その顔に手を伸ばした。

ほっぺたを摘み、むにむにと触ってみる。

触診。
 
寿々花さんは抵抗もせず、不思議そうにしながら、それでもされるがままになっていた。

30秒くらい、触診を続けた結果。

…この惚けた顔、間抜けな声。

成程。やっぱり本物のようだな。

「…寿々花さんだな」

「うん、そうだよー」

「帰ってきたんだな?」

「うん。帰ってきた」

そうか…。帰ってきたか。

…この一週間、ずっとこの瞬間のことを待ち望んでいたはずなのに。

いざその時を迎えてみても…やっぱり、実感が湧かなかった。
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