アンハッピー・ウエディング〜後編〜
この瞬間から、俺の地獄が幕を開けたのである。

…いや、地獄はさすがに言い過ぎかもしれないが。

でも、これはあながち嘘ではない。

チョコレート作りの材料って言ったら、何を思い浮かべる?

普通、板チョコや、製菓用のクーベルチュールチョコレート、ココアパウダーなどが候補にあがるんじゃないだろうか。

しかし、今俺の目の前にある「材料」は、そんな可愛いものではなかった。

「よいしょー」

寿々花さんは、ドサッと重そうなビニール袋を段ボール箱から取り出した。

そのビニール袋に入っているのは、黒っぽくて小さな、一粒チョコレート…。

…ではなく。

「…寿々花さん、それ何?」

「え?見ての通り…カカオ豆だよ」

そう。この世間知らずお嬢様。

あろうことか、カカオ豆の状態からチョコレートを作ろうとしているのである。

無謀にも程がある。

気合い、入り過ぎだろ。普通チョコ作りって言ったら、板チョコを溶かして使うもんじゃないのか。

何処の誰が、カカオ豆からチョコレートを作ろうとしてるんだよ。

更に、段ボール箱から出てきたのは。

「えーっと…。これとこれと…あとこれと…」

すりこぎとすり鉢。これはまぁ分かる。

料理用の温度計や、底の深い耐熱ボウル。これも分かる。

しかし、同じ段ボール箱からペンチ、ピンセットといった代物まで出てきた。

およそ料理に使いそうにない道具なんだが、それどうすんの?

「それから最後に…大事なこれ」

と言って、寿々花さんは例の本。

『猿でも分かる!チョコレートの作り方』という本を、見えやすいように開いて置いた。

ちょっと待て。

「寿々花さん、その本見せてくれ」

「ふぇ?」

「良いから。ちょっと読ませてくれよ」

「うん、良いよー」

寿々花さんの許可を得て、俺はその本をよくよく確認してみた。

俺はてっきり、その本にはバレンタインチョコのレシピが掲載されているのだと思っていた。

猿でも分かる!というタイトルの通り、初心者が簡単に作れるチョコレートのレシピが。

しかし、そうではなかった。

その本に書いてあったのは、マジで本当の「チョコレートの作り方」。

つまり、カカオ豆からチョコレートを作る行程について書いてある本だったのだ。

それどころか、カカオ豆の種を植えて、カカオ豆を栽培するやり方から書いてある。

嘘だろ。誰が知りたいんだよこんなこと。

「ほんとはね、種を植えてから育ててから、収穫したカカオ豆を使いたかったんだけど…」

カカオ栽培のページを、呆然と見下ろしている俺に気づいたのか。

寿々花さんは、申し訳無さそうにそう言った。

「さすがに時間が足りないから、仕方なく今日は、売ってるカカオ豆を買ってきたの。ごめんね、悠理君」

違う。そうじゃない。

カカオ豆が自家製じゃなかったことに文句をつけたいんじゃない。

自分で育てたカカオ豆で、チョコレートを作る…。

確かに夢があるしロマンもあるけど、途方もない時間と労力がかかりそうだ。

…ってか、カカオって日本で育てられるんだろうか?
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