バー・アンバー 第一巻

わたしの気持ちよ

出来ればそれへの介助を俺ごときであってもしてやりたいものだ。しかしその為にはどうしてもミキの正体の提示と、さらなる、赤裸々な述懐を引き出さねばならない。俺は(時間がないという)焦る気持ちを抑えてミキの心と同期すべく妙手を使うことにした。すなわち自らが被っている災難とそれへの怒りを吐露したのだ。
「気にすんなよ、アイツのことなんか。しかしその悔しい気持ちはよくわかるよ。チンピラやヤクザに関しては実は俺も日頃からひどい目に会っててさ。俺の居る介護業界やそれのみならず、広く世間一般に於ても勘弁ならないことが多いんだ。あいつらチンピラどもを使う大金持ちや権力者たちの横暴が許せないんだよ。奴らにとって法律や社会正義などは屁でもない。自分は決して表に出ることはなく使い奴(やっこ)のチンピラを使って好き放題さ。そんな、金次第でいくらでも権力者に尾をふるチンピラ風情に好きなようにされてみろよ。ほんと、煮えくり返るぜ」
うん、うん、うんと激しく頭(かぶり)をふってミキが応ずる。そのまま自分の置かれた状況と真のところを吐露すると思いきやしかしミキは「田村さん、何かひどい目に会ってらっしゃるの?聞かせてください。わたし…いくらでも受けるし、あなたを分かってあげられる気がするわ。ね?も、もう一杯どう?」と云いざまバックバーからオールドを取り出しほぼ空になった俺のグラスに勝手に注ぎ足した。「ありがとう」と鷹揚に受けながら「それを君のグラスにも注いで。そして両方ともちゃんと勘定に付けておいて」と云うのにイヤ、イヤとばかり今度は頭を横にふるミキ。「いいの、奢りで。わたしの気持ちよ。わたし…あなたに会えて嬉しい」「ちっ、しょうがないな」と云いながらもそんなミキがなおいじらしく思えてならない。会えて嬉しいのはこっちの方だし、買い被りでも何でもなく、フィーリングと云い中身のある女性ぶりと云い、時間の許す限りどこまでも付き合っていたいのは山々なのだが今はそうも行くまい。いまさっき「逃げて」と当のミキが俺に云っている。
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