バー・アンバー 第一巻

ふたつがひとつになる

そのドレスをハンガーに掛けてからミキは俺の真ん前に立った。一瞬挑発するように俺を見据えたあとで両手をショーツに掛け、そのままスルスルと両膝の上あたりまでおろす。白い肌にコントラストに生える黒い陰毛があまりにも刺激的だ。ミキは「田村さん、好きにして。少しの間だけでも」と俺を誘う。手帳を胸のポケットにしまいながらも俺はミキの眼を見つめその思いを、心を感じ取ろうとした。「わたしは寂しいのよ。悲しいのよ」というさきほどのミキの言葉が脳裡をよぎる。しかしそれとは裏腹に欲望する右の手が彼女の脇腹に触れ、そして股間へとおりて行った。左の手が乳房を這いそれを揉みまわす。もはや止まらぬ俺の両の手はミキの全身を、その垂涎の身体と今のこの歓喜の瞬間を確認するが如く、独立した生き物のように激しく這いずりまわるのだった。その間ミキは両腕を伸ばして俺の肩に置き俺のするがままに身体を任せていた。その折りの視線がどんなものだったか俺には確認しようがない。地獄の悪鬼もかくやと思うがごとく彼女の身体(のみ)を楽しんでいたのだから。しかしこの時外からドアがノックされた。決して激しい音ではなかったが虚を突かれたように俺は一瞬でも硬直して両手の動きを止めた。そしてこの時始めて彼女の、ミキの眼をまともに見たのだ。するとそこには涙が滲んでいて、口を半開きにしたままで、まるで悲しみを堪えているような、恰も苦しみに堪える殉教者のような表情が浮かんでいたのだった。稲妻のように俺の心が彼女のそれと共有しあった。情欲の泥沼を抜けて胸の奥底から熱いものがこみ上げてくる。「ミキ!」と小声ながら一声叫ぶと俺は両の手をミキの背中にまわしてこれを固く抱きしめた。恰もふたつの身体がひとつになるがごとく、彼女における真実を余すところなく吸収するがごとくに俺は数秒間抱擁を続けた。
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