バー・アンバー 第一巻

サマンサ・クリニックへ

「人間というものは良くも悪くも内外の次元を結びつけて、新たな世界を〝変貌〟させてゆく存在」という教えをかつて某宗教団体で聞いたことがある。もしそれであるならば、俺が世界を変貌させるその指向は、その具体策は、先の2つでしかないのだ。
 さて生理的欲求も果たし終わったし、やおらベンチから立ち上がると俺は来た道を戻って行き、今度は虎ノ門へと向かう。山口との約束時間までにはまだ間があった。邵廼瑩との邂逅はあっけなく終わってしまったので空いた時間に今一人の重要なターゲット、すなわちМAD博士を訪おうと思ったのである。邵廼瑩に告げて効果覿面だったあのサマンサ・クリニック、バー・アンバーでミキが必死の思いで書いてよこしたこのクリニックこそ、МAD博士が開業する医院ではないかと、俺はそう推理したのだった。邵廼瑩が何らかの理由でここにかかりそこでМAD博士と関係を持ったのではないかと。ミキが邵廼瑩の身体に乗り移り、邵廼瑩がはからずも身を霊媒としてささげてしまった所こそ此処なのかも知れない。場所も日本プレスセンタービルから遠からず、精神科にかかることを慮った邵廼瑩が同僚社員らに白眼視されることを恐れて、近在にあったこのクリニックに掛かったのだろう(プレスセンタービル内に精神科クリニックがあることを俺はネットで調べていた。彼女はわざわざここを避けた分けだ)。イチかバチかクリニック名を告げた時の彼女の動揺ぶりから見て俺の推理は当たらずとも遠からずではないか。とにかく行けばわかる。もしそこにあいつが、МAD博士がいたならば果たして俺を見てどんな顔をするだろうか。「おや?バーの会計係から医者に転向したんですか?」とでも云ってやろうか。ふふふ。
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