傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
 魏王伯祥は謀叛の疑いで収監され、その妃・薊紫紅は後宮に没収されて国家の奴隷とされた上で、改めて皇帝から徳妃の位を賜った。息子の妻を奪った皇帝の行いに、心ある官僚たちは皆、内心眉を顰めたが、絶大な権力を持つ皇帝に意見を言える者などいなかった。
 必然的に、批判の矛先は新たな寵姫となった徳妃薊氏に向かったけれど、紫紅自身の懸念ば別のところにあった。
(――伯祥様は、どうなったの? どうしてまだ釈放されないの? どうして――)
 ただただ、夫の無事だけを祈って過ごす紫紅のもとに、衝撃的な知らせがもたらされたは、徳妃となった十日後のことだった。
「……伯祥様が……死んだ? 嘘よそんな……」
 思わず立ち上がった紫紅に、徐公公が冷酷に告げた。
「いえ、間違いないと」
「どうして……釈放してくださるって、陛下は約束を――」
 徐公公が小さな瞳に憐れむような色を浮かべ、囁くように言った。
「陛下に釈放の意志があったとしても、魏王殿下がそれを受け入れるかは……」
 紫紅がハッとして目を見開き、じっと徐公公を見つめた。
「どういうこと? 伯祥様に何があったの?」
 徐公公が拱手して、紫紅に頭を下げる。
「……主上の勅書には、薊氏を献上した功績をもってその罪を赦すと――殿下は即日、ご自害遊ばされました」   
「わたしが……」
フラフラとその場にへたり込む紫紅を徐公公がそっと抱き留め、長椅子に座らせる。
「妻を売ってもまで命を(ながら)えるつもりはないと――」
「そんな……だって……」
 紫紅が皇帝に逆らえば、伯祥の命はないと言われた。伯祥を救うには、紫紅が皇帝のものになるより他はないと――
 両手で顔を覆った紫紅の背中を、徐公公が優しく撫でる。
娘娘(にゃんにゃん)、貴女は悪くありませんよ。貴女の決断のおかげで、家族は助かった。魏王殿下だって、陛下は罪を免じ、元の爵位を返してやるおつもりだったのです。それを、つまらぬ嫉妬心で早まったことしたものです」
「そんな……わたしが……」
「ですが、物は考えようです。貴女には新しい未来が開かれたのです」
「……未来?」
 涙に濡れた頬をぬぐいもせずに顔を上げた紫紅に、徐公公が囁く。
「そうです、輝かしい未来です。……皇帝の寵姫として栄耀栄華を極める」
「皇帝の、寵姫……?」
 何を言っているのだろうかと、潤んだ瞳をパシパシと瞬く紫紅に、徐公公が甘い声でさらに言う。
「ここのところ毎夜、主上は貴女をお召になっている。ずいぶんとお気に入りでいらっしゃる。……実を言えば、主上は近年、これと言った心を射止める妃を得られず、後宮に不満を抱いていらっしゃった。皇太子の母親として後宮を仕切る皇后にも、さらには皇太子殿下にも」
 ゆっくりと毒を注ぎ込むように、徐公公は紫紅に語り掛ける。
 伯祥の死の衝撃で紫紅の思考はまとまらなかったが、だからこそ、その言葉が紫紅の心に染み込んでくる。
「だから、皇后は魏王殿下を罠に嵌めたのです」
 その言葉に、紫紅が息を呑んだ。
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