傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む

四、奇貨可居

 湯浴みを終えた紫紅は浴室内の臥床に横たえられ、宦官たちの手によって全身に香油を塗りこめられた。甘い香りが鼻をつき、クラクラと酩酊感に襲われる。そして裸のまま白い大きな毛皮で簀巻きにされ、力士のように大柄な宦官の肩にひょいと担ぎあげられてしまう。
 普段の紫紅であれば、恐慌をきたして暴れたかもしれない。
 だが、おそらく浴室の白い花と塗られた香油には、精神の働きを緩慢にする作用があって、紫紅は頭が朦朧としており、逆らう気力もすでに折られていた。
 宦官に担がれて運ばれながら、紫紅は思う。
 ――これは、悪い夢。ああでも、とにかくわたしの身体さえ差し出せば、伯祥様が助かるのなら――
 伯祥と過ごした数か月が、紫紅の脳裏に走馬灯のようにめぐる。
(ああ、わたしが愛しているのは伯祥様だけ。生涯あの人だけと誓ったのに。でも、わたしが陛下を拒んだらあの人は――他に方法はないのかしら。いったいどうしたら……)
 紫紅の想いとは裏腹に、やがて毛皮に包まれたまま彼女は豪華な帳台に中の、褥の上にそっと降ろされる。
 毛皮がはがされて紫紅の顔が露わになる。その真上から満足げに覗き込む皇帝の顔が――
「作っておいたぞ。伯祥への勅許じゃ」
 皇帝が折りたたんだ黄色い紙を紫紅に示す。中は見えないが、それを皇帝が宦官に渡すをの目で追って、紫紅はホッとため息を漏らす。
 それからぎゅっと目を閉じて――
 宦官たちが毛皮を持って下がり、皇帝が褥に上ってくる気配がする。
 明かりが落とされ、周囲が薄暗くなる。
(――ごめんなさい、伯祥様。ごめんなさい。許して――これしか方法が――)

 その夜、紫紅は皇帝の寵幸を蒙った。
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